小悪党ノートの奮闘記

ゴロー

小悪党ノートの奮闘記

小悪党ノートの奮闘記 1


 ここは、冒険の国キルリア。


 未知への探求、一攫千金の宝、モンスター討伐による名声——。


 あらゆる冒険を夢見る者たちの集う国。

 そんな冒険者たちが拠点としているキルリアの街がある。


 それが冒険の中心街、ウィニストリア。


 これは、ウィニストリアに住むとある冒険者の奮闘記である。




 *****




 ドン!


「いってぇ!?……てめぇ、どこに目ぇつけてんだ!」

「ひっ!? すみません、すみません! わざとじゃないんすよ!!」


 ウィニストリアの大通りに不機嫌な大声が響く。


 一人の若い冒険者が、柄の悪い大柄な冒険者三人に因縁をつけられていた。

 お互いに前をしっかり向いていなかった為に肩がぶつかったようだった。


 しかし、大柄の男は若い冒険者が悪いかのように怒鳴ってみせた。


 短い茶髪に腰に短剣を下げ、濃い緑色の外套を着た若い冒険者はすっかりと怯え、必死に理不尽な怒りを見せる相手に謝っていた。


「謝って済むかよ! 俺たち、このまま仕事に行くところだったんだぞ!」

「あ〜イテェ〜。 こりゃ医者に診てもらわなきゃな〜」

「大丈夫かよ、ゲッスゥ? おいお前、どう責任とるんだぁ!?」


 明らかな言いがかりだが、他の通行人たちは誰も止めず、見て見ぬふりをして通り過ぎる。

 

 このウィニストリアは、冒険者として夢や野望を抱いた者が多く住んでいる為、血の気が多く、こういった小競り合いは日常茶飯事となっている。

 毎度、国に仕える駐在兵が仲裁に来てくれるが、対応しきれないのが実情だった。


「え、えっと……責任とは?」

「おいおい、決まってんだろ! 治療費払えや!」

「ち、治療費っすか?」

「ああ、あとこれから行こうとしてた仕事に行けねぇから、その分の報酬も払えや!」

「む、無茶苦茶な……」

「「「あ゛?」」」

「ひっ!? あ、有り金全部で許してぇ!!」

「あ、逃げやがった!」


 若い冒険者は、有り金全ての入った財布を地面に置き、全員の視線が財布に移った隙に逃げた。


「チッ! 逃げ足の速えぇ奴だぜ」

「追うか、ゲッスゥ?」

「ほっとけよ。金は手に入ったんだしよ」

「そだな。…それにしても、簡単に金出したな」

「へへ、まったくだ。冒険者の癖に腰抜け野郎だったな!」

「おい、いくら入ってる?」

「数えるから待てよ。………おっ!金貨五枚入ってるぜ!」

「ホントか!?ラッキーだな!」


 金貨一枚は、この国の平均収入から考慮すると、一週間以上の稼ぎになる。それをたった数分で手に入れて、大柄な冒険者三人は喜んだ。


「よっしゃ!これから飲みに行こうぜ!」

「それよりよぉ、久々に娼館へ行こうぜ!」

「お前、この間行ったじゃねぇかよ!」

「うるせぇよ!」

「落ち着けお前ら!……全部後だよ、これから仕事の話を聞きに行くんだろうが!」

「「あ、そうだった」」

「はあ……馬鹿どもが。 いくぞ」


 そう言って男たちは、貴族が多い住宅地区・・・・・・・へ歩いていった。




 *****




 ——大通りから外れた裏道。


 先程の茶髪の若者がここまで逃げていた。

 はぁはぁ、と息が切れる程の勢いでここまで走り、そして息が整うと、彼は大声で笑った。


「はーっはっはっは!大・成・功!うまくいったぜぇ!」


 この若者、ノート・ビルという名前だが、彼をよく知る者はこう評していた。


 ——小悪党。



「あいつら、自分たちの財布がスられていることに、まったく気づいてなかったなぁ〜。あんな鈍感で冒険者としてやっていけんのかねぇ〜」


 実は、ノートは因縁をつけられている間に財布を盗んでいた。

 彼は手先が器用なことを生かし、冒険の傍よくスリをして小遣い稼ぎをしていた。


 そして、逃げる隙をつくために自身の財布を差し出したのだ。


「まあ、あの財布の金は全部オレが作った贋作だし、奪われても全然問題ないんだけどな〜」


 偽物の金貨を作ることは当然違法行為だが、ノートはバレなければいい、という軽い気持ちで平気で行う。

 そして、自分の命が危なかったら平気でプライドを捨て命乞いをし、損をしそうならば簡単に人を裏切ったりもする小物な悪党。


 まさに小悪党だ。



「さ〜て、じゃあお待ちかね、成果確認タ〜イム!何が入ってるかな〜。

 ……………なんだこりゃ。銅貨や鉄貨ばっかじゃん!一番高いのは銀貨二枚だけ……。しけてんなぁ〜」


 相手も善人ではなかったとはいえ、盗んだ財布に対して好き放題文句をいうノート。意地汚い。


 そんな財布の中に、一枚紙が入っていた。


「なんだこれ?汚いな。………何も書いてないじゃん」


 何も書かれていないシミだらけの紙。それが綺麗に折り畳まれて財布に入っていた。ただのゴミと考えかけたが、あの野蛮そうな冒険者たちが、角を合わせて折るほど几帳面には思えず、考えを改めるノート。


「面倒ごとか、お宝か……。どっちにしろこの紙、何かあるな」


 ノートは財布のお金を自信の本当の財布にしまった。そして、盗んだ財布を捨て、紙は懐にしまって歩き出した。



 *****



 酒場『クラフトホーム』――

 

 昼間は飲食メイン、夜は酒がメインとなっている繁盛店。

 多くの冒険者が集まるため、冒険者たちの情報交換場所として利用される。

 さらに、この酒場はキルリアが認めた『クエスト受付施設』となっている。


『クエスト受付施設』とは、キルリアの国中から困り事の解決の依頼――通称『クエスト』が公開される施設の事。


 キルリアの街や村に必ず一箇所以上あり、冒険者の日稼ぎとして重宝されている。


 以上のことから、このクラフトホームはウィニストリアで一番情報が集まる場所である。




 カラーン


「いらっしゃいませ〜!……って何だ、ノートじゃん」

「よっ! クレア!」


 愛想よく挨拶をしたウェイトレスの娘が、相手がノートと知ってすぐ無表情になる。こちらが『素』のようだった。


「空いてる席に勝手に座って」

「おい!? ちゃんと接客しろよ!」

「客じゃない奴を『接客』はできないでしょ?」

「いやいや、オレも客だろ!?」

「あたしのツケでタダ飯食う奴が客? 面白いこと言うのね、小悪党のノートくん?」

「その呼び名で呼ぶな!……ツケについては、ちょっと待ってください」


 彼女の名はクレア。このクラフトホームの看板娘である。

 美しい長い金髪、綺麗な紫色の瞳をしたツリ目、スラっとした肢体のスレンダー美女の彼女を目的に来店する冒険者もいるほどの人気者だ。


 普段は愛嬌たっぷりの笑顔を浮かべて対応するが、ノートが相手のときだけは、無表情で冷たく対応している。


 そんなクレアとノートの関係は、偶然始まった。

 偶然同じ時期、同じ馬車でこのウィニストリアに来て、会話をしたことが始まりだった。以来、五年の腐れ縁が続いている。


「『ちょっと待て』? あんたにとって『ちょっと』って何年? 十年? 百年?」

「ほ、ホントにちょっとだよ! 今度こそ! うまくいけば明日! 遅くとも一週間以内には払えるって!」

「それを信じられると思う? その言葉に何回騙されたことやら……」

「いやいや、もう五年以上の付き合いじゃん!? いい加減信じてくれよ!」

「五年以上も付き合ってきたから、信じられないのよ」



 カラーン



 二人が言い合っている間に新たな客が入店してきた。

 その客を見た他の客たちが騒めき出す。


「おい、あれって……」

「ああ、『神剣』のシーザーと『炎姫』エレノアだ。は、初めて見た」

「最上級のSランク冒険者もこの店使ってんのかよ」

「ああ……シーザー様、相変わらずイケメンねぇ……」

「エレノアさん、すっげぇ美人だな……。あの目で睨まれながら踏まれてぇ……」

「え、お前……」

「え、あ、ち、違うぞ!? 激しい痛みが好きってわけじゃないぞ!?」

「なんの言い訳だよ……………っていうか、それ言い訳になっているか?」


 そんな客たちの言葉を華麗にスルーして、二人はカウンターにいる酒場のマスターに話しかけた。


「やあマスター。相変わらず繁盛しているね」

「今日も混んでて鬱陶しいわねぇ……」

「はは、いらっしゃい! いろんな人が来てくれて稼がせてもらっているよ」


 マスターとSランク冒険者二人が話す横で、ノートとクレアは話す。


「ふ〜ん、あれがF〜Sまである冒険者のランクで最上位、Sランクの冒険者か」

「なんで説明口調なのよ?」

「そ、そうか? っていうかこのランクって誰が決めてんだよ」

「知らないの? クエスト達成とモンスター討伐、新発見などの成果を国が認めてランクしてんのよ」

「あ、国が決めてたの?」

「そうよ。国の『冒険者管理協会』が審査して決めてるの。ちなみにこの酒場のマスターやスタッフの何人かも協会に所属しているわ」

「へぇ〜そうだったんだ〜。 ひょっとしてクレアも?」

「あたしは違うよ。 誘われたけど興味ないし」


 そんな会話をしていると、マスターがクレアを呼ぶ声がした。


「クレアちゃん。今溜まっている高ランクのクエストってある?」

「は〜い! ちょっと探してきま〜す!」


 クレアがクエストを探しにいってしまい、何も注文していないことに気づいたノート。


「マスタ〜! なんか飲み物ちょう〜だい!」

「あん? なんだノートいたのか」

「おいおい!? ひどくないか?」

「冗談だよ、半分。 オレンジジュースでも出してやる。 金は払えよ」

「はいは〜い。……ん?半分本気ってこと?……あれ?」


 いまいち腑に落ちないノート。マスターにもいい印象を持ってもらえていないようで、少々ショックを受ける。

 ……クレアのおごりで毎回食べていることを考えれば当然の印象だが。


「キミも冒険者かい?」

「あ? そうだけど?」


 ノートに話しかけたのは、シーザーだった。まさか話しかけられるとは思わず、少し冷めた様子で返事をした。

 しかし、気にした様子もなく気軽に話し続けるシーザー。


「そっか! 僕も冒険者をしているんだ! シーザーって言います! お互い頑張ろうね!」

「あ〜……そうね、ガンバロウネ」

「うん! ところでキミは——」

「ア……シーザーさん。話しかける相手は選びなさい。 そいつ、明らかにゴロツキという感じよ」

「あん!? なんだ急に、失礼な奴だな!」

「違うのかしら? 先程のマスターや給仕のお嬢さんの様子だと、あまりいい印象持たれていないようだけど?」

「ぐぅっ……」


(こ、この女〜!ちょっと気にしていることをズバズバと!……ムカつくから財布盗ってやる!)


 八つ当たりのために平気で犯罪を犯すノート。最低である。

 しかし——


「……何か邪な気配を感じるのだけど?」

「な、何のことだい?」

(こ、コイツ、隙がねぇ! 伊達にSランクじゃないってことか!)


「またアホなことしようとしていたの? いい加減大人になりなよ、ノート」


 ノートが盗む前に敗北を察知してショックを受けている間にクレアが戻ってきた。手には何枚かクエスト依頼の紙を持っていた。


「こちらがお二人に推薦できるクエストになります」

「ありがとう!」

「難易度が高く、もう何年も放置されてしまっているクエストになります。マスターに確認頂き、お二人にぜひ受けて頂きたいクエストを厳選しました」

「丁寧な説明ありがとうね、お嬢さん」

「いえいえ」


 そういってクエストを確認し、何枚かのクエストを受けたシーザーとエレノア。そのまますぐにクエストへ向かうようで、すぐにクラフトホームを出て行く。


「さっきは相棒が悪かったね。また会おう、ノートくん!」

「お、おう」


 エレノアはマスターとクレアのみに挨拶をして去ったが、シーザーはノートにも挨拶をして出ていった。


「いつの間にかシーザーさんと仲良くなったようね」

「別に。……なんか爽やかでキラキラしてて苦手だな〜」

「嫉妬する暇があったら、あんたも少しは見習って真面目にクエスト受けな」

「嫉妬じゃねえよ!……っていうか無理無理。基本的に金になるクエストって討伐系ばっかじゃん。オレ戦い苦手だし〜」

「選り好みできる立場じゃないでしょ? そんなだからFランクのままなのよ」

「うっ……。し、修理とか道具作りとかなら! 手先器用だし!」

「紹介してるじゃん。 でも『オレにふさわしくない』って受けなかったじゃん、面倒くさがって。………結構世話してるな私。何かだんだん腹立ってきたぁ!!」


 バシィ!


「イッテェ!? オレより力強くね?」

「ははは!相変わらず仲いいな!」

「「全然!」」

「おお〜息ぴったりだな! ホイ、オレンジジュース」

「サンキュウ!!」


 いつも通りの言葉の応酬で乾いた喉をオレンジジュースで潤す。そんなノートの様子を白い目でクレアは見ていた。


「それくらいは自分で払いなさいよ。 今日は絶対にツケないから」

「へっへーん! 大丈夫ですよ〜! ちゃんと金の当てがあるかな!」

「金の当て? あんたが?」

「ほう、珍しいな。何かお宝を見つけたのか?」

「いや、これから」

「「………」」

「な、何んだよその目は! ホントだって! これ見てみろよ!」


 そういうと、ノートは紙を取り出した。

 先程柄の悪い冒険者から盗んだ財布に入っていた紙だった。


「……何も書かれてねぇようだが?」

「こんなん見せて何? あたしらバカにしてんの?」


 マスターは怪訝な表情を、クレアは今にもキレそうな表情を浮かべた。

 怯えながらもしっかりと説明を始める。


「ち、違うよ! よく見てくれよ、この紙! 何か違和感ないか?」

「「?」」


 ノートに言われて紙をもう一度しっかりと見るが、何もわからなかった。ただ汚れが多い紙としか思えなかった。


「……汚れがすごい紙としか思えないけど?」

「う〜ん、俺もクレアちゃんと同じだな〜」

「おいおい〜、観察力が足りませんね〜」

「………」


 バシィ!


「あう!? 無言で叩くなよぉ!」

「早く言え」

「は、はいぃ……」

「く、クレアちゃん、圧すごいねぇ……。ノートが悪いけど」


 クレアの迫力に怯え、ノートは改めて説明する。


「この紙、一見何もない汚ねぇ紙のようだけど、この汚れに違和感があるんだよな」

「違和感?」

「妙に汚れが多すぎるし、汚れ方に何か規則性を感じたんだよね。それでピンときたことがあるんだよ。 クレア、火の魔法出してくれる?小さめの火ね」

「は? 何急に?……まあいいけど」


 ノートの要求の意図がわからないが、クレアは言われた通り指から小さめの火の魔法を出した。


 余談だが、魔法が使える人間は魔力用の回路を体内にもっている者のみ。

 故に選ばれた技術と言われており、使えるだけで優遇される機会が多い。その中でさらに魔力量の多さや使用できる魔法の幅が多いほど、国からも重要視されるために高待遇を受けられる。……その分、いろいろと制約があるようだが。


 ノートやマスターは魔力回路を持っていないが、クレアは魔力回路を持っている。しかし、魔力量が少なく、戦闘も苦手なので魔法使いにはならなかった。


 しかし、簡単な魔法は使えるので、便利機能として活用はしている。


 そんなクレアが出した火魔法に、ノートは手紙を炙った。

 すると、紙の汚れが徐々に濃くなり、やがて文字のようなものが浮かび上がってきた。


「これは……炙り出しってやつか!」

「そう! 情報が漏れないように文字を隠し、熱によって浮かび上がらせる、この炙り出しなのでは?って思ったんだよ。 思った通りだったぜ!」

「…相変わらずこういう変なことに対する頭の回転は早いわねぇ」


 三人は炙り出された文字を確認した。

 しかし、文字はほとんどがぐちゃぐちゃで読み取れなかった。期待はずれの結果に落胆するマスターとクレア。


「これじゃダメね。何もわからないわ」

「ありゃりゃ〜、残念だったなノート。でも金は払えよ〜」

「………いや、ここら辺読めないか?」


 早々に読み取ることを諦めた二人とは違い、隅々まで丁寧に眺めるノート。すると、ある箇所に注目した。


「『亡国』……『遺跡』……『形』……。かろうじてそう読めないか?」

「「…………言われてみれば」」



 他の箇所は全く読み取れないが、この三つだけ読み取れた。

 そして、これらからノートはある推測を立てる。


「亡国と遺跡。この二つはそのまんまと『亡国の遺跡』のことだと思うんだよ」

「それって、最近国が認定したダンジョンのこと?」


 ダンジョン——

 国が認めた自然にできた施設のことで、共通することは無限に湧き続けるモンスター、多くの宝が眠る夢の詰まった、しかし大変危険な場所のこと。


 国がダンジョンと認める最低条件は以下の二点を確認できた時だ。

 一.討伐してもモンスターが減らない。

 二.その場所では考えられない強力なモンスターが存在し、そのダンジョン内のモンスターを纏めている。


 特に、二番目にあげた条件のモンスターは『ダンジョンマスター』と呼ばれ、このモンスターの消滅によってダンジョン制覇されると認定される。

 ダンジョンマスターの制覇は、ダンジョンマスターが落とす特殊なアイテムを確認することで、討伐を認定される。


 制覇を認定されると、国から多額の報奨金が出されるので冒険者はこぞってダンジョンを探し、制覇を目指す。

 ただし、制覇認定されると、ダンジョンで入手した宝を国に献上する必要がある為、ダンジョンの宝のほうが価値が高い場合は、ダンジョン制覇を報告せず、国に献上しないこともよくある。


 亡国の遺跡はダンジョンとして、最近キルリア国が認定した若いダンジョンだ。


「そうそれ!形ってのが何か分からないけど、きっと特徴的な形のお宝なんだ!」

「……都合よく考えすぎでしょ?」

「いや! 可能性はある! だったらその可能性に賭けるのが冒険者だろ!」

「おぉ! いつになく冒険者っぽいこと言うじゃん!」


 冒険者のロマンなのか、あるいは男としての少年の心か。

 いずれにせよ、盛り上がっているノートとマスターに白い目を向けながらクレアはため息をついた。


「それで? 亡国の遺跡にもぐるの?」


 ちなみに、ダンジョンに入ることをもぐるという。冒険者たちの業界用語だ。


「ああ! 明日からもぐってくる! お前のツケも倍にして返してやるよ!」

「ってことは〜、え〜っと…………」

「えっ? その手帳何?」

「あんたがツケた額をメモってるの。………銀貨五十枚分ね。倍だから銀貨百枚………つまり金貨一枚でよろしく〜」

「……そんなにあるの?」

「一週間以内には返せるんでしょ?絶対に金貨で返しな。それか相応の物でもいいよ。このウィニストリアは冒険者の街である前に『宝飾』の街。 アクセサリー加工で有名なんだから、金貨一枚の価値ある物なんて余裕よ」


 ウィニストリアは冒険者の街と呼ばれる前までは、宝石を加工してアクセサリーにする加工技術に優れた上質な宝飾で栄えていた為、『宝飾の街』と呼ばれていた。

 かつては近くにあった採石場で宝石を自分たちで調達していたが、枯渇したので今では輸入して加工している。


「じゃ、よろしく」

「が、頑張りますぅ……」

「どんだけクレアちゃんに借金してんだよ、ノート………」


 ツケてた額にビビってしまったが、クレアの強い目力に何も言えず、明日の準備をするため、大人しく帰っていったノートであった。




「クレアちゃん、ノートには厳しいねぇ。気持ちはわかるけど」

「素が出せて気楽な奴は作っておきたかったので。ストレス解消のために」

「な、なるほど〜」

「あいつにどう思われても構いませんし、あいつがあたしの本性を言いふらしても、たぶん皆んなあたしを信じるから問題ないですしね」

「……ひぇ」


 クレアの計算高さに震えるマスター。

 …………女性は強い。




 *****



 ——ウィニストリア、貴族街


 ここにはキルリア国の貴族たちが住んでいる。

 ウィニストリアの一般人が暮らす街並みに比べて煌びやかだが、自分たちの見栄や影響力の拡大、他者を蹴落とすような政争が毎日続く、黒い思惑が渦巻く街。


 そんな貴族街のとある貴族の屋敷。


「……気軽に屋敷に来てほしくないんだがねぇ。キミたちが来ると妙な噂が立つから」

「へへっ。つれないじゃないですか旦那ぁ。こっちはあんたの依頼をちゃんと達成するために最後の詰めをしたくて来てやったんだぜ〜?」

「最後の詰め? もう十分に依頼内容は伝えたはずだが?」

「わかってるよ! だがこっちも危険を承知で受けたんだ! 念のために最終確認がしたいんだよ!」


 煌びやかな屋敷に似つかわしくないゴロツキ三人。ノートに絡んだ大柄な冒険者達だ。

 相対するのは、この屋敷の主人である貴族に仕える執事のトップ。とある依頼のためにこの冒険者を雇ったようだった。

 だが、執事長自身この冒険者たちをよく思っていないようで、早く帰ってほしいようだった。


「はぁ〜………それで、何の確認かね?」

「報酬の確認だよ! ホントに金貨百枚くれるんだよな?」

「……何度も言わせないでくれ給え。ちゃんとキミたちが依頼を達成したら払う」

「へへ! すげぇ額だな! 当分遊んで暮らせるな!」

「おいおい、何するよ〜? 娼館いくか〜?」

「ま〜たそれかよ、お前は〜。溜まってんのか〜?」

「うっせぇ! た、溜まってねぇし!」

「……お前ら二人ともうるせぇよ!んな話あとでしろよ!」

「「す、すまん、ゲッスウ」」


(何と品性のカケラもない……。これだから冒険者というものは低俗で関わりたくない。………まぁ、今回の旦那様の命令を考えると、いつでも切り捨てれるから気楽に使えますけどね)


 執事長はうんざりとしながらもそんなことを考えていた。

 しかし、やはり冒険者全体を汚らわしいと思っているためか、早々に帰ってもらいたくて話を切り上げようとする。


「ご用件はそれだけですかな? てっきり依頼の最終確認かと思いましたが?」

「はっ! それは問題ねぇ。ちゃんと依頼内容はメモしてあるからな」

「ほう……。キミはまだしっかりとしているようだね」

「まあ、コイツらよりはな。……おい、あのメモ紙持っているよな?」

「ああ、持ってるよ。ええっと………」


 ちゃんと依頼をメモしていることに安心した執事長だが、別の心配が出てきた。


「しかし、誰かにそのメモを見られていないだろうね? 誰にも知られたくないことです。 もし誰かにバレたら報酬の話はなしです。 事前に言っていますよね?」

「ああ、そこも抜かりねぇ。文字は炙り出ししねぇと読めねぇように細工してある」

「……まぁ、それで大丈夫でしょうね」

「あ、あれ?」


 執事長が安心した時、一人の冒険者が不安になるような声をあげた。


「なんだよ、間抜けな声出して?」

「か、紙が財布ごとなくなってる!」

「は、はぁ? どういうことだ?」

「わ、わからねぇよ! ………ま、まさかどこかに忘れたか?」

「あるいは、盗まれたか?」


「「「「………」」」」


 全員が沈黙した。

 どう考えても悪い現状に執事長に不安が高まった。


「だ、大丈夫なんだろうね?」

「あ、ああ。依頼内容はちゃんと覚えている。だから……」

「げ、ゲッスウ、どうしよう!?」

「うろたえんな! うっとしい!………執事長さん、さっきもいったが内容は覚えてるし、メモの内容も簡単にはわからねぇから安心しな」

「し、しかしもし周囲にばれたら……」

「だったら誰かにバレる前にさっさと依頼を終わらせてやるよ。今から実行するからよぉ。お前ら行くぞ!」

「「お、おう」」


 冒険者三人組は慌てて屋敷をでて依頼遂行へ向かった。

 途中も言い争いをしながら走っていき、執事長は不安でしょうがなくなった。


「や、やはりあんな低脳そうな連中に依頼したのは失策だったか? しかし、あんな連中からなら、我々が関与しているとは誰も辿れないはずだ。これも旦那様の希望のためだ」


 執事長は立ち上がり、窓の外を眺めた。

 視線の先には、このウィニストリアのはるか外側を見ている。

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