第12話 星占いの招かれざる客①
……それは辛抱の日々の始まりでした。と始めてもいいくらい、星占いのお客は来ませんでした。
「おかしいわねえ……」
「うん」
妓楼街は花街なので、昼間はほとんど酔っ払いか、破落戸しか現れません。代わりに、ご主人様の傍らには、薄汚れた財布がこんもりと山を作っておりますが。
「破落戸が増えただけだわ。言いふらしてくれないかしら。「おぉーい! この妓楼街の占いの姉御には手を出すなよー、占いの姉御にはぁー」とか」
「それはどうだろう」
それでも、すばるの笑顔は増えました。夜はぴったりと彗琳の側で眠り、朝陽とともに起き上がると、朝ご飯を持ってくる。彗琳が入浴の時は、一人で床の掃除をしたり……育ちがいいのは隠せません。
「お話、して」
「えっと、どこまで話しましたっけ」
「彗琳が皇太子様をこてんぱんにしちゃったあたり」
彗琳は「そうでしたね」と嫋やかに言うと、イキイキを話し出しました。あれは、確か、蒼龍梓睿(ジルイ)様との決闘か何かだったように記憶しています。
*****
『次! 皇子の武道教育に相応しい女官はいないか』
陽射しが注ぐ中、第八王宮では、皇子の武大師のオーディションが行われておりました。
「私が、お相手を」
次々と女官は相手を申し出ては、「あー、お強いー」と倒れて行きます。蒼龍梓睿(ジルイ)様はイライラと怒鳴りました。
「本気で掛かって来る女官はいないのか!」
それは無理というもの。
蒼龍梓睿(ジルイ)を叩きのめしたとあっては、家のお取りつぶしもある。宮廷には王家をたてるという風習がある故、誰も本気は出さない中、すっくと立ちあがったのが彗琳でした。
「長刀遣いでもよろしければ」
「……僕は瞬足だからな。捕まえられるなら」
ビュッ。
鎌鼬が蒼龍梓睿(ジルイ)と彗琳の合間の空間を裂き、龍が走り去ったような空気の振動。長刀を構えた彗琳は大振りな体を前のめりにし、長刀を喉元に突き付けていました。
「面白い……」
長刀の向こうに見え隠れる彗琳の眼は「漢」でした。それも、全てを知り尽くしたような目をした漢。蒼龍梓睿(ジルイ)様の喉元に汗が滴り落ちましたが、蒼龍梓睿(ジルイ)様もまた剣の遣い手です。
蒼龍梓睿(ジルイ)様は双竜剣を愛用されているようです。二つの刃が重なるようについており、身軽さを生かす剣です。
対する、ご主人様の武器は重い長刀で、相性が悪いと思いきや、蒼龍梓睿(ジルイ)様は間合いを見て、切っ先を受けました。
「あら、やりますねえ」
とぼけたご主人様との打ち合いは、数時間続き、陽が翳って参りました。「そこまで」と言われなければ、月が夜空を彩っていたでしょう。
「おまえ、名前は。兄の王宮で見かけた気がする」
「玉彗琳。今は第一王宮を追い出されて、門番暮らしでございますが。それもわたしの人生設計でございます」
「人生設……???」
「はい。わたしは、この王宮をいい加減出たいんですが、路銀がない。それでこのオークションに参加したのですが、えと、これは……?」
「僕の武道の師を決めるものだが」
ご主人様は天然なのです。今度は青ざめて「ど、どうしましょう!」と慌て始めました。
「鳳琳」
蒼龍梓睿(ジルイ)様は背中を向けると、「新しい武大師だ。確か、兄が捨てた孔雀だったようだが……」と告げて去って行かれた。
「孔雀???」
「孔雀は大きいから……珍しいわね。蒼龍梓睿(ジルイ)様が認めるなんて。とはいえ、全員手加減しているのにね。蒼龍梓睿(ジルイ)様、強いなんて」
「手加減、ですか?」
ご主人様はいつまでもいつまでも、蒼龍梓睿(ジルイ)様を見ていた印象がございます――。
「まあ、それで、私が打ちのめしたわけです。星占いの……お付きよりは良かったですね。そして、実は蒼龍梓睿(ジルイ)様は、お強いのに弱い振りをしていたの」
「ふうん、なんで?」
「なんででしょうねえ」
会話の途中で、戸口の気配にご主人様は長刀を持って立ち上がりました。
破落戸かと思われたようです。
布を被った客はその切っ先を止めました。
――見事な反り返った双竜剣で。
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