第11話 彗琳 占い館をはじめる

 ――何度も言いますが、ご主人様はとても賢く、そして純粋なのです。それは、輝きを取り戻した水晶を見れば分かるでしょう。


「お店?」

「……そうです。本当は、やりたくないんですが」


 彗琳は小さく吐息をつき、水晶を持ち上げた。紫色をした水晶は丸いフォルムも美しく、御主人様と、すばるを魚眼レンズのように映しておられます。


「この水晶は、呪われているんですって」

「こんなに、綺麗なのに」


 ご主人様は「おや」と言う感じに微笑むと、すばるの頭を撫でました。すばるはちょうど椅子に座ったご主人様の膝に寄り掛かれるくらいの背丈で、ご主人様もまんざらではないようです。


「ねえ、わたしにも何かできないかな」

「え?」

「一緒にお店、やりたい」


 冷血なところがあるご主人様の眼が丸くなるなんて、鴉の役得かも知れません。


「お店、知ってるんですか? すばる」


 すばるは首を振りましたが、ご主人様、追いはぎを見せるよりは真っ当かと思います。


「知らない。でも、やってみたい」


 ご主人様は頷くと、部屋を見回しました。「酷い有様ですね。片づけましょう」

 ――やっと、外側に目が向いたようです。

 そう、この家は人が住める場所ではないのです。まずは、そこから始めましょう。というわけで、ご主人様は長刀を掴み……


「でやっ!」とテーブルを割りました。その木材を束ねておいて、今度は椅子を叩き割りました。砂埃が凄いので、一時退散させて戴きます。


*****


「よし、これで家具が無くなったわ。さて、裏の川から水を汲んで来ましょう」

「うん」


 彗琳は告げて、崩れた木材を抱えあげて外に出た。部屋は空き家のようになっている。川から水を汲んで、部屋に流すと、床に雑巾を置いて、長刀の柄を充てる。簡易モップの出来上がりである。


「彗ちゃん、これ、どうするの?」


 すばるが山になった廃材を示して、首を傾げている。しかし、廃材から家具を作る楽しさを教えてやりたいと思ったが、壊し過ぎた。

 これではお店どころではない。いや、家具なんか要らないでしょう。


 彗琳は床を綺麗にすると、山ほどある王宮で着ていた服を積み上げて、一つ一つを切り裂いて大きな布に換えた。

 それを丁寧に縫い合わせて行くと、ちょうど床を覆うくらいになった。


「すばる、そっちを持ってね」


 廃材の上から廃材の上をかぶせるようにかけると、部屋は見事に空き家から、彩のある一室に変貌する。


「……今日からご飯は床だけど、元々我々は床でごはんを食べていたのよ」

「地面が、近い。土の匂いがする」


 それが、ふつう。


 人は地面に足をつけて生きるものだ。彗琳の本能は、自然を求めるから、こういう星占いの能力があるんだろう――。

 片付けが終わるころには、猫猫こと鈴麗が差し入れを持ってやってきた。


「……考えたわね」

「勿体ないと思いまして。どうせ、着ないし。少しはすばるの服にして、あとは気持ちよく処分しました」

「処分って……皇太子さまからの」

「いいんです」


 言葉を遮って、彗琳は微笑んだ。


 ――好きだったのかも知れない。でも、それで王宮を逃げたわけじゃない。残虐非道な一面を知って、敵対しようと思った。

 ……第八皇太子が気にかかるが、あの男の言う通りなら、私は探されている。

 温厚で、一番生き延びられないと思っていたが、神はやはりあの皇太子を選ぶらしい。


「いただきます」


 王宮からいつ、暗殺の追手が来るか怯えていた日々も、ひとつの愛おしい命で、こんなにも平穏に過ごせる。

 

「いつか、あなたの家族も探してあげるからね」


 その夜、ご主人様は、久しぶりに長刀を置いて、床にすばると一緒に横になっていました。窓から見える月は、丸く、光を注ぎ続けて、思わず捨てられた日の満月を重ね合わせた私、昴であったのでした。


 

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