第10話 猫猫鈴麗と占い師彗琳
「――ということが、あったんです、どう思います?」
その後、ご主人様は、いつものボロ屋でまくし立てておいででした。相手はコードネーム「猫猫」と呼ぶ、一応はお店の店長のかたです。
「彗琳、わたし前から気になっていたのですが……」
一本簪も麗しい黒髪を零した猫猫は、ため息を吐くと「彗琳」と熱い眼でご主人様を見詰め始めました。
「なんでしょう?」とご主人様。
「路銀をおいはぎや暴漢からせしめるというのに、疑問がありまして」
「あら?ほほほ」
「彗琳には良いんですけど、その連れ子には悪影響だな、と思うのよね」
遊びに来た仔猫に目を向けているすばるを見て、猫猫は続けた。
「それに、彗琳なら他に働き口もあるでしょ? まるで、そうしないといけないように見えるのよ。彗琳、何か隠していません?」
彗琳はぽか、と口を開けたまま、焼きたての饅頭を口元で運べずにいた。しかし、ふわんとした焼き皮の匂いが、彗琳を正気に戻したらしい。
「隠して何かいませんが。それに、ここは……危ない場所です。それに」
「第一皇太子の計画を知った?」
ご主人様は言葉を喪い、目線を外してそっぽを向かれました。
あの冷酷な第一皇子の亞夢様なら、この「妓楼街」を一掃する計画を実行するだろう。そこで、私は気がつきました。
彗琳は確かに賢いし、強いのです。
全てを一人でやって来た。
しかし、王宮を抜けて、いつ、暗殺にあうかも分からない情報を持っている。だから、ご主人様は、ずっと長刀を抱いたまま壁に寄り掛かり、就寝していた事を。
――おいたわしや。
「……なんで、それを」
猫猫は「ここに長く住んでいると、見えてくるものだから」とボロ屋の奥に戻ると、三日月剣を二つ手にして戻って来ました。
「……青銅三日月剣……?! 猫猫、あなたは」
「あなたと同じ。この街を護る様に、さるかたから言われているのよ。目的は、彗琳を王宮に還してもらうことだとか。王宮には、貴方が必要だとも言っていたわね」
驚きで冷めてしまった焼きまんじゅうもそのままに、ご主人様は、大きな目を何度も瞬かせておられました。
「ひとりより、ふたり。ふたりのほうが、宜しいのではなくて?」
あ、ご主人様が俯かれるのは珍しいです。
な、泣かれるのでは……と思いましたが、ご主人様は肩を震わせたかと思うと、すばるの分の焼きまんじゅうまで腹に収めまして。
「そうね、その通りだわ! 猫猫、名前は?」
「鈴麗(リンリ―)」
「では、鈴麗、私と共に、この街から暴漢を追い払い――……」
「それは私だけで充分よ。アナタは、埃だらけの水晶を使って、占いをするべき。いずれ王宮に戻るのだろうから」
「戻りません」
ご主人様はきっぱりと言い返した。
「星占いも、水晶も、もう決別したんです。わたしは、ここで鈴麗と生きていく。すばるを育て、いつか家族と再会させてあげたいですし」
すばるはもんしろちょうに夢中で、私の側にやって来ました。
――賢いご主人様も、この子の思惑までは読めないようです。そして、鈴麗には弱いご主人様は、一時間後には、水晶の手入れを始めるのでした。
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