第7話 玉彗琳の王宮の過去③

 とある日、ご主人様は第一皇太子亞夢様の占いをしておいででした。


「申し上げます。宿曜では『危宿』ね……性質は軽燥宿で、方位は北、霊獣は玄武、七曜は土、十二宮では瓶宮にあたります」

 淑妃をずらりと並べた中央で、皇太子は顔を上げました。私の代わりには、可愛らしいカナリアが美しい鳥籠に入っており、あまり申し上げたくないのですが、物珍しい種族の女性たちもまた、観賞用として檻に入っておられました。


「ほう?余は危険か。合っているな」低い声に麗しさを兼ね揃えた第一皇子の周りの女性は、疑うほどに皇太子に夢中のようで、「はべり」を激しくして、寄り添っています。


「はい。大変に危険な宿にお生まれでございます。それゆえ、今後も危険に苛まれることが多いかも知れません」

「父からの暗殺など?」

 

 ゆっくりと喋るところは皇帝似だが、全てが腹違い。

「蒼龍でありながら、玄武か。では、余の大好きなコレクションから選んで、甲羅を背負わせるとするか。いや、蛇と亀の交尾神だったな。……ふむ」


 ほら、ご主人様、狙われていますよ。


 しかし、玉彗琳はぴくりともせずに目を見開いて皇太子をガン見している。口付けをされても、玉彗琳は動かなかった。


「お話はお済みでしょうか?」


 ――私は、そこらへんの女とは違うわ!言わないながらも顔にははっきり書いてある。にっこりと微笑みを浮かべた玉彗琳に皇太子は言葉を喪ったようだった。余談だが、ご主人様の前で言葉を喪う男性が多いのです。


「では失礼いたします」

「今宵、褥へ来い、武官から淑妃に取り立ててやる」


 ご主人様は長刀を掴んだまま、背中を向けていました。


「お気持ちだけで。アナタの王宮は、飯が不味そうです」


「なんだと?」


「御心にお聞きください。私は、今日は占いの為に馳せ参じたただの武官故、麗しい皆様に失礼ですので。アナタ様に相応しい女ではございません」

「う、打ち首だ。磔刑にして余の部屋に飾るぞ!」

「どうぞ、ご勝手に」


 玉彗琳は振り返った。


「私は、どのような形であれ、屈服は致しません。首でもなんでも飾ったらよいのです。ただし――」


 ご主人様は長刀を向けました。


「私に適うかどうか。あなたの暗殺部隊ごとき、長刀3振りで済みます」


 わなわなと震える第一皇太子に「べー」という気持ちで、窓際から離れました。「昴いたの」と肩に留まった私に玉彗琳が気づきました。


「……この王宮は、気が良くない。何かがおかしい。気づきませんでしたか」


 ――気づきました。のつもりで尻尾を動かすと、「鴉は呑気ですね」と返された。


 廊下にはあらゆる碧玉が並んでいました。特に、異国のものだという陶器はそれはそれは立派なものでした。その前で、使用人は震えながらずっと陶器を磨いていました。その様を見た玉彗琳は眉を下げて言いましたね。


「危宿の生まれの皇太子。それならば、蒼龍を持つ皇子が世継ぎになるべきだ、と言って良かったかしら。ここは蒼龍国なのだから。当然でしょう。私には分かるのです。あの方は凶星の元に生まれている。この国を滅亡に導く影がある」


 ぎょっとしながらも通行人は聞かなかった振りをする。


「今日にも動くかもと思ったけれど、様子を見ましょう。さて、そろそろ第八皇子の武道の時間ですね。東方青龍のお生まれの、本来なら――」


 ご主人様は「ん?」と上目遣いになり、「使える」と呟きました。


 蒼龍国が平穏で、民が豊か――それは幻です。しかし、そんな御国で皇太子を「使える」などというのは、ご主人様、あなたくらいかも知れません。

 

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