第5話 玉彗琳の王宮の過去①

「こんなものしかありませんが、ご一緒にいかがですか」


 玉彗琳は2つの深皿を床に並べた。見目の良い布を敷いているので、座り心地は良いだろう。ふんわりとしたスープにすばるは鼻を近づけて、お椀とスプーンを手に取った。切れ端の野菜に、猫猫に譲って貰った薬草、それに僅かな麦粉を入れた薬膳スープだ。まずい、と思うがすばるはもくもくと食べ始めた。


「……お行儀が良いのに、なぜ、あんな「かっぱらい」を?」

「おかね、ないから」

「ふむ。おかねは私もありませんが、泥棒はだめですよ」


 長い服を束ねるようにして、座ると今日の糧を流し込む。すばるの淑妃ぶりはなかなかで、今頃は一人で寂しく食事をするのだが、不思議な気分になった。


「……なまえ」

「あ、わたしですか?玉彗琳 ぎょくすいりん、です。すいちゃんでも構いません。ちょっと発音しずらいですよね。うん、すいちゃんでも」

「それはちょっと……いや」

「では玉で」

「彗琳とよぶ。えと、わたしは」

「ここではすばるで良いでしょう、あ、鴉と同じなのが嫌ですか? あの鴉も、困ったさんでして、でも、私の大切な友達なのです」

「おともだち」

「大切な、お相手です。ずっと一緒におりますから」

「おおきい」


「あ、大きいですね。拾った時は、小さかったのにね」


 喋りながら、すばるは窓際に置いたまま、埃を被った状態になっている紫水晶に目を向けている。王宮では毎日のようにピカピカにしていたものだが、今はただの珠と化しているし、埃を被ってグレーに見える。

 さすがは子供。興味があると、ぴょこりと動くのだろう。すばるはててて、と窓の近くに行こうとして、服を踏んでけ躓いた。


「それは、まがまがしいもので」言っているそばから、袖でその珠を拭き始める。


「……はい」

 膝にころりんとした珠が置かれた。まだ磨きが甘くて、子供の手の幅だけが美しい輝きに戻っている。


「これは、星占いに使っていたんです。昔から、何故か、分かるんですよね」


***


 ――間に合いましたか!水晶を見ている玉彗琳は、王宮で淑妃に囲まれている姿そのものだったが、今夜の淑妃はとても幼い。膝に伸し掛かって、水晶を見ているアタリ、やはり少女のようで。


「こうやって手を翳すと……じーっと待っていると浮かんで来るんです。その星の意識が流れ込むと、ほら」


 水晶の中には「雨」が映っていた。


「明日は雨が降るそうだから、今のうちに窓に立てた板を置かなければ。……すばるさん、今日は一緒におやすみしましょう」


 窓辺に留まってみていると、すばるはすっかりご飯のお椀を平らげて、玉彗琳に寄り掛かり始めた。玉彗琳は小さな淑妃に自分の上着を掛けてやり、椅子になる決意で、壁に寄り掛かる。

 普段は、なぎなたを挟み、壁に寄り掛かって足を延ばして寝ているご主人さまに、小さな命が寄り添う様は、くすぐったいのだろうか。


 ――優しい顔。そのご主人様は、王宮の第一皇太子の闇を知ってしまい、豹変しました。原因は、わたしなのです――……。


 わたしを拾ったご主人様は、わたしの足の傷に気がつきました。私は鴉。鴉の翅は古来より、幸せを伝えるという。ただし、それは「自然におちた時」で、故意的に抜けば「不幸」になる。


 王宮には、光闇がございました。

 そして、王宮に残っているのは、第一皇太子である「亞夢(ヤーモン)」様そして、第五皇太子の「空燕(コンイェン)」様、ご主人様と問題を起こした「梓睿(ジルイ)」様……この御三方が権力を持っている三角形図でございました。


『昴、このままにしてはおけませんね。……騙しやすい皇太子を巻き込み、ここを出ることといたしましょう』


 ご主人様は「飯がまずい!」とひと悶着を起こし、しかし梓睿(ジルイ)様の暗殺未遂を持って、王宮を追放されましたが、それは第一皇太子の……


 風が吹き始めました。

 蒼龍国は風に所縁がございます故、今宵はここまでといたしましょう。


 紳士淑女の皆様。ご主人様、お休みなさいませ――。


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