第3話 料亭の少年③

「なんでおいらがこんなことするの~~~!!」

「いいから手を動かしなさい!行きますよ?」


 大柄の玉彗琳の回し蹴りは楽々と好き勝手に生えまくった雑草を空中に飛ばしていく。「あわわわわ」と籠を持って左右に走り回って受け止めるのは先ほどの少年だった。髪は跳ねていて、どうしようもなく汚れていて、丸々と泥ダンゴのような小柄な少年が大きな籠を持って、飛んで来る雑草を受け止めているさまは滑稽だ。


 どさどさどさ! 音と共に雑草や風圧で斬れた枝が飛んで来る。「わあっ」と少年が引っ繰り返ったところで、雑草の乱舞は止んだ。


「ざっとこんなところかしらね、どう? 猫猫」

「お見事ね。腕は衰えていない様子」


 ――お見事です、ご主人様。昴は言えない代わりに翼をすり合わせたが、当の本人には「すばる、痒いのですか?」と聞かれてしまった。

 人と鴉の交流なんて、所詮はそんなもんである。


「――あなた、名前は? それから、何故この場所にいるんです? ここは言ってみればまともな人が来るところではありませんよ。人生を投げた男女が来る最後の砦です。未来有望な子供が来られるところではありませんが」


 丁寧な中にもずばっと現実を入れてしまう物言いは玉彗琳の特徴だ。28星宿での占いでは「星の宿」を宿す玉彗琳は星に愛されてはいても、辛辣である。


「…………」


「名前は?」


「…………名無し……」


「名無しさんですか。では、名無しさん。次の質問です」


 名無しと言っている名前をそのまま「名無し」と名付けられた少年が哀れに思った。しかし賢くも鈍感な玉彗琳は気づかないだろうと昴は一役買うことに決めた。

 名前がない。そのせいで少年が非行に走るケースは多い。昴はキレイにまとめ上げている玉彗琳の簪目がけて急降下して、一本を引き抜いた。

 玉彗琳のスタイルは桔梗の簪を7本北斗七星のカタチで挿しているいわば宮廷武官スタイルの変形である。


「こら、昴!」


 ちら、と見ると、少年と目が合った。鴉はつぶらな瞳でウインクをする。


「すばる……」

「えっ」


 思惑通り、少年は「すばるだよ」と名乗った。自分は鴉だから、そばにいても、所詮は鴉。でも、「あなたの名前は昴がいいわね」と王宮で王子に捨てられた雛を拾ったのは、玉彗琳だった。月の綺麗な夜で、鴉の瞳は碧玉に見えたのだろうか。


「あなた、すばるというの?」

「うん、すばると言うんだ!」


 ――気に入ってくれましたか。簪をくわえたまま、鴉の「昴」はほっとして樹々に止まった。玉彗琳はやはり気づかない。


「奇遇だわ。あの鴉も昴というのよ。拾った時に、泣きそうな目をしていて、それが私の彗星の名のように見えたんで、とっさにつけたんです。なんであんなところに転がっていたのか、謎ですけど」


 皇太子が捨てたからです。それも、温厚と言われている第一皇太子がね。知ると、動物は捨てられます。人も捨てられます。アナタはご存じないでしょうが。


 玉彗琳はんー……と少年を見やると、大柄な高身長を折り曲げて屈みこんだ。鴉に話しかけるも、子供も変わらない。王宮で「いかにして罪をかぶり、しかし公平な交渉にて自由を手にするか」を考え抜いた玉彗琳とはまた別の顔。


 たぶん、ご主人様は人が嫌いなのだと思うんです。

 その分、植物や動物、子供には愛を向けるんでしょう。でも、私は知っている。


 王宮ですれ違う第八皇太子の蒼龍梓睿(ジルイ)を見る目はとても優しかったことを。その梓睿(ジルイ)とご主人様はやがて対立することになるのですが。


「全て計算通り! さあ、自由を謳歌しましょうか!」


 ……蒼龍王族を出し抜き、自由を手にしたご主人様はなんだかんだで、この街を護っているのです。ほら、また子供の手を掴んで歩き出しました。


「……私の手伝いをしてください。ここは子供には危険過ぎます。今日から一緒に住みましょう、すばる」


 子供すばるの眼に涙が溢れた。どうやら、深い事情がありそうだと、賢いご主人様は見抜いたようです。しかし、ご主人様。


 その子は少年ではなくて少女ですよ。

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