第3話 新たな物語

 世界の中でも有数の秘境、「絶海渓谷」の真上に大陸ほどもある島が一つ浮かんでいる。

 その島には竜人が暮らす、竜人の国があった。

 そして、その国は一つの国でありながら明確な勢力図ができていた。


 竜人の国は勢力が二つに分かれる。

 一つは竜王を頭とした竜王勢力。

 一つは竜神を頭とした竜神勢力。

 どの勢力も、頭とする者が違うだけでその大部分は竜人で埋め尽くされている。

 ただ、誰を崇拝の対象とするかで分かれているだけだ。


 竜王は国の内政を務める人物。

 竜神は国を武力で守護するとともに、竜神教の信徒が崇め称える神でもある人物。

 竜王と竜神は対等な立場をもち、その勢力も対等であった。ゆえに二つの勢力間での争いは起きない。


 ―――しかし、現在竜人の国はその二つの勢力間で争いが起きつつあった。


 その発端となった事件は一夜にして起きた。

 竜神が住まう神殿に、竜王が指示したと思しき刺客が侵入したのである。

 ―――そこまでは良かった。刺客が侵入したことは特に問題ではない。

 竜王が指示した、など偽ろうと思えばいくらでも偽れるからだ。

 所詮は、竜王と竜神の勢力関係を乱そうという、愚かな輩の戯言だと。皆がそう思っていた。


 だが、問題はその後だった。

 深夜の就寝時を狙われた竜神は大事には至らなかったものの、「竜神の神肉」が盗み出されてしまったのだ。


 「竜神の神肉」とはその名の通り、竜神の体を形作る肉のことで、それを体内に取り入れることで竜神の力の一端を意のままに操れる、という代物だ。

 一端とは言っても、竜神の力は強大。一欠片だけでも絶大な力を得られる。

 故に、誰の手に渡るかによっては、盗み出された神肉を野放しにはできない。

 

 ―――そう。たとえば竜王。

 もし本当に竜王の手に渡っていたのであれば、それは良くない。

 一方的に竜王勢力が拡大し、二つの勢力関係に亀裂が入り兼ねない。

 だから真っ先に竜王が疑いの目をかけられ、またそのことで二つの勢力間では争いが起きつつあった。 


 争いの火種は些細な事で生まれる。

 その火種は「疑い」という少しの燃料で大火へと変わる。

 その大火は止めようもなく人から人へ、国全体に燃え広がっていく。


 これは新たな物語の幕開けを意味する。

 二つの黒き竜神を巡って、しかし、これもまた永き寿命を持つ世界が紡ぐ、数多の物語の中の一つでしかない―――



 

「―――あら? 

 あそこに誰か倒れてますわ・・・・・・」


 竜人の国が栄える島の、下層のふち

 断崖絶壁の岩を抉り取るように形成されたむき出しの洞穴。

 そこに、ある黒髪の少女とエルフ、そして黒い翼と白い翼をもつ幼竜が静かに横たえていた。


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