2章

第1話 神への復讐

 一本の大木と変わらぬほどの大きさ。

 光の糸がくるくると空を旋回し、集結していく。


 実物ではない。ただの光が集まって個体を再現している。

 上に溜まっている黄金の砂はサラサラと落ちる。擬似的な創造物ではあるものの、光の粒子が落ちていく光景はたまらなく美しい。


 それを一人の男が眺めていた。

 原野が無ければ、植物も動物も山も無い。建物も無く、灰色の景色が続く。すべてが虚ろな世界には男と、金色の砂時計一つが存在していた。


「・・・・・・」


 男はただ砂時計を見つめる。

 男の黒い瞳は眩い光を飲み込み、同時に光を放っていない。深く、奥深くへ、黒く塗り潰されたような黒。

 

 この砂時計が表す時間は世界の寿命。

 黄金の砂がすべて落ちきったとき、世界は死ぬ。そしてまた新たに生まれ、似ているようでどこか違う世界になる。


 世界を生み出した神は世界を管理する者を生み出した。それは何故か。

 世界を安定させるためには想像主たる自らの魔力を根幹に流す必要があるからだ。

 だが、神が直接魔力を流そうとすると世界が神の魔力に耐えられず死ぬ。


 程よい大きさで安定した魔力を世界に流すため、

神はその役目を代理として生み出した者たちに任せた。

 エルフ、獣人、竜人、魔族、精霊。それらは世界各地に散らばり、神の指示通りに動く。

 その者たちは世界が死と生を繰り返している核心を知っている。その者たち以外の、世界に生きる万物は世界の核心を知り得ない。


 故に世界の核心を知る者がいたとすればそれは、神か、神に生み出されたものだけである。


 ただ神には生み出せない種族もいた。

 人間だ。神が世界の管理者を生み出す上で唯一生み出すことが出来ない種族。

 世界の死と生の繰り返しの周期のうち、定期的に人間の魔力も流さねばならなかった。

 そして憂いた神は別世界から人間を呼び、その問題を解決しようとした。


 金色の砂時計を見つめ、止まっていた男はかすかに唇を動かした。


「それが、私」


 彼もかつて神に呼ばれ、この世界に転移してきた人間であった。ごく普通の人間だった彼は無二の愛娘を故郷の世界に残し、この世界に来た。


 娘の名は、思い出せない。この世界で私が狂った時に殺した、愛する妻の名も思い出せはしない。


 私はこの世界に来て、家族を失った。

 ただ今の私を駆り立てるのは神を殺し、世界を壊す。その執念だけだ。


 ―――、不意に。


「・・・・・・」


 虚ろな世界が、一瞬反転した。

 仲間が戻ってきたのだ。

 反転したかと気が付けば、灰色の世界に存在が増える。いつもと同じように現れ出た仲間は深く顔に被せたヴェールをとった。


「はーあ、ただいま戻りました・・・・・・ってあなただけしかいないんですか」

「・・・・・・お前か」


 と、答えると少女は残念そうに肩を下ろした。


「ええー。お前かって、ワタシたち仲間でしょう。ワタシにはエビュネデネトという名前があるんですから、それで呼んでくださいよぉ」


 ヴェールの下に隠れていた顔は少女ながらどこか大人びた笑みが貼られていた。

 男は無視して聞く。いつものことだ。無視して構わない。


「・・・・・・劣世界の首尾はどうなった?」

「ダメでした。アレではワタシたちが求める期待に応えられなさそう」

「壊したのか?」

「壊すだなんて、人聞きが悪いですねぇ。あなたの故郷の造物を無理矢理持ってきたらそのまま崩れちゃいました」

「そうか・・・・・・」


 少女から目を外し、金色の砂時計をまた見る。


「そんなに好きなんですか、それ」

「・・・・・・」

「ずっと見つめててよく飽きないですね」


 飽きないわけではない。男が砂時計を見るのは、片時も世界の寿命から目を話したくないからだ。

 ただその感情が自分自身を縛り付けているだけ。


「・・・・・・まぁ、とりあえずワタシの方は収穫なしってことで。他の方々が帰ってくるのを待ちましょうか」

「ああ」


 少女は砂時計に近づいてくる。

 すると、急に思い出したように両手を打つ。

 

「・・・・・・そうだ! 収穫ではないですけど、面白い話ならありましたよ。あなたと同じ世界出身の人間がお兄様と行動していました」

「私の世界の・・・・・・?」

「やっぱり神は別の世界から人間を連れてきてたんでしょうね。世界の均衡がガタガタな今、台座に魔力を流すために連れて来たと考えて正解ですよ」

「・・・・・・台座、か」


 自分もかつては世界を駆け巡り、魔力を流す旅をした。

 神に連れてこさせられ、全て神の言いなりになって、魔力を台座に流した。すべては世界が崩れないようにするために。

 しかし、結局それは全部神の都合だ。

 神が自分の世界を守るために、私という人間を犠牲にした。

 

 全ての台座に魔力を流し終えた時、私は狂った。

 胸の奥がぽっかりと穴が空いてしまったような、深い喪失感に襲われた。

 そして一緒にこの世界に来ていた妻を殺し、その喪失感を埋めた。

 そこに愛などない。

 ただ胸の奥が満たされていく。

 

 私は満たされ、我に返った。

 私は、一体何をした? 何故愛する妻を殺した?

 それはすぐに理解できた。

 自分の体に流れる、別の魔力。

 あぁ、そうか。これは妻の魔力だ。

 台座に魔力を流し切り、失った魔力を妻を殺すことで補完した。


 それを理解した時、ある感情が湧き上がった。

 哀しみ、苦しみ、後悔、そんなものではない。

 湧き上がった感情はおそらく、復讐。

 台座に魔力流させ、私に妻を殺させた神への純粋な復讐。


「・・・・・・その人間も、気の毒なものだ」

「・・・・・・? 気の毒?」


 台座に魔力を流す旅をする。

 何も知らぬまま、何も聞かされぬまま。

 全ての台座に魔力を流し終えた時、その人間も狂うだろう。体から抜けた魔力を求めて。

 そして別の魔力をもう一度手に入れた時、新たな感情が生まれる。


「神の都合に付き合わされ、その終点には負の感情しか生まれない。神は愚かだ。身勝手で、愚かで、傲慢だ。・・・・・・やはり神は殺さなければならない」

「・・・・・・だから、まずは神の世界を壊してしまおう、ですか?」

「・・・・・・」

「何度聞いても慣れない話ですね。ワタシはあなたの立場になることは絶対にできませんから。まぁ、ワタシはワタシで目的はありますが。その一端として神の世界を壊すのは賛同できます」

「なら、神を殺すこともか?」

「勿論」


 少女は笑顔で言った。

 

「あなたの目的にもできる限りは協力しますよ。他の方々もそうでしょう。それぞれ、自分の果たしたいことのためならば、ね」


 


 

 

 


 

 

 

 

 

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