第39話 世界の寿命はまだ尽きない

暗いビル内、エルフの光魔法を常時発動で階段を昇っていき、ついに二人は最上階に着いた。


エルフの見立てではこの階に荒野にビル群を現出させ、二人をおびき寄せた人物がいる。


まだ産まれたばかりの幼竜を抱えたヒマリは思う。


なぜグリフォンと竜の子どもをつくったのか。

私たちを呼び寄せた理由は何なのか。

この子の母親のグリフォンを私たちにけしかけてきたのは意図は。


しかも、あのときグリフォンのお腹にはまだ幼竜がいたのだ。もしこれらを理由もなくやっていたのだとしたら、


―――ふざけている。


私はそれを絶対に許すことができない。


「・・・・・・暗いね。明かりの一つや二つ点けてくれないかなぁ」


最上階。


前方一帯にガラス窓が取り付けられているにも関わらず、シャッターはすべて降りていた。


電灯は点けず、壁に取り付けられた大型モニターの青白い光だけがひとり立つ人間を照らしていた。あいつだ。あいつがすべての元凶。


足音は消していない。おそらく私たちが来たことは分かっている。


後ろ姿の外見だけでは何とも言えない、ただ想像よりも体の大きさが一回り小さい。小柄で全身が外套で包まれている。


そこで気が付く。あいつの視線は青白い光を放つ大型モニターを捉えていた。映し出されているのは、乾いた砂が風で巻き上がる荒野と廃れたビル群。


どうやらずっとあそこから監視されていたようだ。


最上階で二人を弄んでくれた張本人は自然な動きでシヤとヒマリの方へ振り返り、口を切った。


「はじめまして。神に世界を任された御二方」


高い声・・・・・・。女の声だがやや未熟な少女のよう。

顔はヴェールで隠れ、見えない。


「・・・・・・あなたが今までのこと全部引き起こしていたの?」


やや慎重気味に訊くと、女はクスクスと笑って答えた。


「そうですよ。貴方がたを此処へ来させたのも、グリフォンを操っていたのも全部ワタシ」


「なんでグリフォンを戦わせたの? この子がまだ胎内にいたのに」


女は「愚問ですねぇ」と悦に口元を歪ませる。


「おもしろいからですよ。母親はまだ胎内にいる子の為に必死に戦う、持てる最大の力を発揮する・・・・・・!」


その言葉を聞いたとき、自分の鼓動がドンッと唸った。


グリフォンが死んだのは結局のところ彼女の余興でしかなかったというわけだ。自分で生み出しておきながら、幼竜のことさえ考えていない。


暗闇で悦に浸る女は指さして言う。


「あぁ、そうそう。その竜のことですけど貴方がたに差し上げます、いらないので。父親はそれなりに格が高い竜だったので役に立ちますよ」


「・・・・・・交わらない種族を生み出しておいて、いらない?」


「ワタシはグリフォンの本領発揮・・・・・・?を観たかっだけなので」


「ふざけるな・・・・・・! この子のことはもうどうでもいいと!?」


抑えきれない情動から前のめりになるヒマリを白い腕が横から静止させた。


「・・・・・・まったく、人の近くで口喧嘩しないでよ」


「あら、ごめんなさい。はじめましてだから遠慮がなかったみたい」


悪戯に言い訳をする女にエルフは嘲笑した。


「ハッ、何がはじめましてなんだい? 僕らは一度会ってるのに」


僕らは・・・・・・? エルフの言い回しはヒマリをも巻き込んだ言い回しだ。ヒマリはこれまでの旅路を思い出す。


「・・・・・・これまでにこんなやつに会ってる、なんて。そんなわけない―――」


―――いや、いた。そうだ。


赤いドラゴンを倒したあと、私の望みで目的地を選んで、船に乗った。そして船から降りたタイミング、船着き場で怪しい女に会った。


「ふふっ。思い出してくれました? 覚えててもらえて嬉しいです」


「・・・・・・」


「ちょっと、黙らないでくださいよぉ。あっ、まだ思い出し中?」


女は闇に紛れたヴェールをちょいと持ち上げ、鼻から目元が見えるか見えないかぐらいで覗き込む。まだ幼い口元はやはり歪みきっていた。


「悪趣味だね。君はそれからずっと僕らを監視していた、竜人と対峙してから転移を使ったときも、不確定の座標をわざとずらして確定させた。そうだろう?」


「ふふ。うふふっ」


女は愉しそうに「正解」と言った。


「でも、あの竜人が来たのは偶然ですよ? ワタシにとってはすごいイイ偶然でしたよ」


「ふむ。じゃあなんのつもりで僕たちを呼んだ? こんな大掛かりなことまでして」


「神直々に生み出されたあなたなら知っているでしょう。ここは劣世界、今神の手中にある表の世界と同じ性質を持ち、廃れた世界。ワタシはここに可能性を感じたんです。まぁ今回意味ないと分かりましたけど」


「意味?」


「えぇ。神から見捨てられた可哀想な世界。救ってあげれば神を殺すための礎になってくれると思ってたのですが、少し別世界の造物を創造しただけで壊れてしまうんですから。とんだ期待外れでしたよ」


神を殺すと言った。この女は神を・・・・・・殺す?


直接会ったことはないがこの世界を創った存在で。隣のエルフすら従う、余所者でいきなり転移させられて来た私からしても逆らおうとは思わなかった相手だ。


神を殺すなど一介の生物が考える事ではない。


・・・・・・いや、この世界の生物は神が真にいることさえ知ってはいない。ならばこの女は、まさか。

あの竜人と同様―――。


「・・・・・・僕も驚いたよ。神さまを殺そうなんて考える輩が僕らの中から現れるなんてさ」


エルフの言葉に女は口を手で覆って微笑する。


「気をつけたほうがいいですよ。私の他にも仲間はいらっしゃいますから」


「あっそ、ていうかさっさとそのキモチ悪い布で顔を隠すのはやめろよ。君だったのはとうに知れた」


彼は女を昔から知っている。だからこそ今までの現象に合点がいったのだ。


落ち着いた動作でヴェールがとられる。


「―――えっ?」


驚愕の声を漏らしたのはヒマリだ。


女が顔のほぼ九割を覆っていたヴェールをとると、そこにはヒマリの隣に立つエルフと似たような顔があった。


「やっぱり君か」


エルフは女の顔を見ても微動だにしない。怖いくらい自身と同じ顔ということに驚きもせず。作り物のように整った用紙の女はにっこりと微笑んだ。


「こうして会うのは七度目ですね。お兄様」


「お兄様じゃない。たまたま僕の次に神さまに生み出されただけだ」


「ふふ、つれないですね。相変わらず」


「・・・・・・まっ、まさか、あなたに妹と呼べる存在がいたなんて」


「いや違うから。やめてよ、きみまで。僕らのようなやつらに兄妹持ってる人はいないから」


そう言われても似ているものは似ているのだ。髪は当然のごとく、目つきに、笑ったときの表情まで。思い返せば喋り方までもが一致し過ぎている。


これは確実に百人に訊いたら百人が同じ答えを返してくるだろう。この二人は兄妹だと。


「昔、神も言ってくれたんですよ。ワタシたちは兄妹という繋がりが確かにあるって」


「他人が言ったことだ。どう思うかは本人たち次第とも、神さまから言われなかったの?」


「まったく、お兄様は変わらないですねぇ」



―――ゴゴゴ ゴゴゴゴゴゴ


「「!?」」


不意に外でなにかが崩れる音がしてくる。

・・・・・・これは、崩れではない。地響きだ。


両腕で逞しくも寝静まっていた幼竜を抱えたヒマリはバランスがうまくとれず、よろめく。


「なんっ、ですかこれ!?」


「これは、まずいね。多分僕の妹を名乗ってるどこかの女が無理矢理別世界のものを創造したから、世界が崩れる」


「あれっ、もう始まっちゃった? そうですか。やっぱり期待外れでしたね」


彼女が先刻言っていた、「世界が壊れる」とはこのことを指していた。廃れた劣世界が本当の意味で消滅するのだ。


「この世界は見渡しても価値あるものはありませんでしたし、とりあえず元の世界にいる仲間の収穫に頼りましょう。そうしましょう」


鼻歌を歌うように自己完結をつけた女はもう一度二人の方を向く。


「楽しい話ができました。では御二方も、がんばって元の世界へ戻ってきてくださいね」


自分だけ転移をしようと魔法陣を描く。


―――逃げられる。


まだグリフォンと幼竜の命を弄んだ、ふざけた言動を許してはいない。


ヒマリはぐっと歯噛みをして、しかし剣もなければ魔法も使えない自分には眺めることしかできなかった。


一方エルフは乱れない表情ながら圧力をかけるように。


「逃がすわけ無いよね」


と躊躇なく攻撃を繰り出した。


「ワタシ怖い顔は嫌いよ。お兄様」


―――バシイイイイィイイと鋭い轟音が最上階の部屋全体に響き渡る。グリフォンとの戦いで彼が見せた雷より、単発としては最も威力が高い。


涼しい顔で魔法を受け止めた女の身体にはかすり傷一つついていない。


「お兄様ならご存知ですよね。ワタシは時間をかければかけるほど緻密な魔法を仕込むことができること」


「・・・・・・そんなこととっくに忘れてるよ」


「あなた方が来ることは分かってたの。だから今ワタシを取り囲む魔法は最上級の結界、完全防御。なにをしても今さら無駄ですよ、うふふっ」


美しく作られる暗澹の笑みが徐々に転移の光に包まれていく。これは、もう逃げられる。


「・・・・・・しょうがない。僕らも一旦戻ろう」


幼竜を抱えたままのヒマリは仕方なく、エルフの手を取った。命が無くなれば元も子もない、そう諦めをつけた時。


「言い忘れてたことがありました。ごめんなさい。やっぱりお兄様はここで劣世界と一緒に消えてください」


「は?」


凶悪な魔法が暗闇の底から這い出てくる。

それは闇に紛れ、それは気配を感じさせない。


―――ザンッ


その刃は複数が一斉に不快な音を立てて男の体を切り裂き、突き立てるに至った。


「ぐっ、こ、がっ・・・・・・は」


不意を打たれ、エルフは血まみれになった。


「ワタシが必死になって練り上げた最高級の練度の魔法。どうでした? 生きてまた会えたら評価を頂けると嬉しいわ、お兄様」


純粋な笑みを残して女は消える。

転移の残留魔力だけがそこに残る。


自分の中でこびりついた嫌な妄想が、現実となる。ヒマリはエルフの名を呼んだ。


「シヤっ!!!」


「・・・・・・ゆだ、ん、したぁ。がっ、ぁ」


がはっと咳き込み、かれは大量の血を吐く。

体は血塗れとなる、服越しにも彼に触れる手には赤黒い血が生々しく付く。


放心状態でエルフに寄り添うヒマリはどうすればいいのか判断が追い付かない。温かな雫で血が滲んでいく中、少女は泣き叫ぶ。


「死に、ませんよね。死なないでください。死なないで」


「だい、じょう、ぶ・・・・・・。きみは、ぼく、が・・・・・・」


そうして声が途絶えていく。か細い声は瞬く間に無音となっていく。


激しく揺れ、外はおそらく地獄絵図だろう、世界の消滅が進む中、少女は泣いた。




―――劣世界が消えようとする中、ある一人の少女とエルフもまた消えようとしていた。


だが、少女が気づかぬ内に二人の身体は黒の光に包まれ、やがて転移を果たした。そうしてまた新たな物語が始まる。


まだ物語は終わらない。これは長い物語の一欠片にしか過ぎない。




世界の寿命はまだ尽きない。




――――――――――――――――――――


まさかの39話目。キリが悪すぎた(泣)

この話を全部見て、これを見た方はありがとうございます。





















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