第37話 見知った声

未知の生物が飛び込んできたことにヒマリは驚き、慌てふためく。それは自分の両腕にすっぽりと嵌まるサイズで、仄かに温かみを帯びている。


抱き枕にするならばこれ以上ないくらいの抱き心地である。何より手触りが良い。全面がツルツルと思いきや、片方の手はもふもふで埋まっている。


「はぁー・・・・・・・・・・・・」


両腕から心地よい熱が伝わってくる。全身から振り絞っていた力が抜けていく。ヒマリは幸福感をじわじわと感じる自分がいることを横に、睡魔に襲われ、意識がとろんとする。


―――このままベッドの中で眠りたい


―――このまま・・・・・・眠りたい


―――眠りたい


―――眠り・・・・・・


しかしヒマリは強烈な睡眠欲を振り切って意識をもとに戻した。


危ない。もう少し遅かったら確実に夢の中に意識が落ちていた。


一瞬、完全に思考が緩んでいた。ながらくベッドで眠れていない弊害もあるのだろうが、敵かもしれない生物を抱き枕に置き換えるなんて不用心にも程がある。


結果的に何事もなかったから良いものの、本来ならすぐさま振り払って身を守るべきだった。


そんなことを考えているとこの生物を追うように人魂の如き微光が近づいてくるのに気付く。次こそはと思い、一点だけを凝視する。


「お〜い。勝手にどこか行かないでよ〜」


見知った発音と声が耳に入った。


心臓の鼓動がどくんと大きく打たれる。


ずっと待ち望んでいた。ようやく彼が来てくれたのだ。


こちら側に気付き、視線が合うとエルフはいつもと変わらない口調で話しかけてくる。


「さっきぶり。僕を待っててくれたんだね」


「ふふっ。無傷の私を見れば分かるでしょう」


「あぁ、そうだね~。でもずいぶんと元気がないようだけど」


それは体力がないながら数十分間、全力疾走したからだ。


「あっ、もしかして泣いてた、とか?」


ポンッと手を鳴らし挑発的な質問を投げかける。ヒマリは語気を荒めながら返答した。


「泣いてない!」


やはりエルフは笑いながらヒマリの反応を楽しんでいる。


「あははっ。いや、とりあえず君が無事で良かったよ。魔物もいないし、あの時君を逃がしたのは正解だった」


「ええ。死ななくてよかったですよ」


少女は俯く顔を緩め笑う。エルフと合流できて安堵しているのかもしれない。非常に不本意だが。


でもたしかに今は、それでいい。

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