第36話 鳴き声
しんと静まり返る金属質の廊下。外からの光はなく、シャッターが内部を覆っているためやはり見えにくい。
走るのに精一杯で気付かなかったがどの階からか階と階の間が壁で仕切られ、下の様子も満足に確認することができなくなっていた。
「・・・・・・」
ヒマリは壁に身を寄せて一言も声を発すること無くただ待つ。
その間に過ぎて行く時間は時が経つほどいっそう
ヒマリの心を揺さぶるものだった。独りの恐怖感は心の中で無意識に大きくなり、同じように悲惨な妄想が浮かんでくる。
この世界でただ一人の相棒が今この瞬間にも死んでいるかもしれない、というくだらない妄想だ。
彼が死んでしまえば私はまた一人になる。
―――彼が死ぬわけがない。
その一言だけを心で念じ続け、胸の奥で高鳴る鼓動を鎮めようとする。両手で強く胸を押さえつける。
それで幾らか胸の高鳴りは抑えられる。だが数秒経つとまた元に戻ってしまう。
ここで足を止め、彼を待つと決めてからのこの数分で止まることを知らない心臓の鼓動は平静と葛藤を繰り返した。
どう自身を励まそうと、心の中の何処かでは今の私にとっての悪夢がその光景を見え隠れさせていた。
強硬な体躯を有したあの魔物が鋭利な大爪で彼の身体を切り裂き、何かの妄執に囚われながら暴れ続ける光景が。そしてその禍々しい眼光は私の姿を捉えて―――
「・・・・・・っはぁ・・・・・・」
全身がおぞましいものに這われたような感覚に襲われ、ブワッと粟立つ。胸に溜まった不安を深いため息に混ぜて吐き出す。
目を開け、立ち上がり、数秒空けて呟く。
「もし一階で死んでるようなら、地獄に行っていたとしても・・・・・・」
―――恨むから。
このまま私が死んだとしても彼のせいではないし、それどころか恨むなどという感情は塵ほども無いのは自分でもわかっている。
ただ、私は親しくした人が亡くなる経験をすることが心底嫌だった。
―――だから恨まれたくないなら早く来て。
―――ピィィィ
瞬間、ヒマリの言葉に応えるように何処からともなく甲高い音が天井と壁を伝って聴こえてくる。
それがただの音ではなく鳴き声であるということはすぐにわかった。
鳴き声は繰り返し聴こえ、一帯を巻き込んで反響する。繰り返される鳴き声は瞬く間に大きくなっていく。何かが近づいてきているのだ。
反射的に身構え、思考する。
なぜ? 先刻まで階段を上る道中、魔物とは逢わなかった。隠れていたか、それとも新たに配置されたのが私の後を追ってきたのか。
どちらにせよ最悪だ。視界が究極的に悪く、何も視えない。外部の情報の供給をほとんどを目に頼っている私からすると、最も最悪なパターンである。
「ここまでか・・・・・・」
諦めかけた言葉を呟く間にも鳴き声はぐんぐん近づいてくる。
―――二十メートル
―――十メ―トル
―――五メートル
ついに鳴き声との距離が三メートルも満たなくなったと感覚的に判ったとき、何かがヒマリの胸に飛び込んで来た。
「わっ! なに!?」
思わずそれを両手でかかえ込む。目では見えないが大きさはかなり小さい。人間の赤子ほどの大きさだ。
そして右手にはツルツルとした手触り、左手にはもふもふとした手触りがあった。
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