第35話 信頼の価値

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・・」


息を切らした少女は冷たい床に膝をつく。弱音をを吐かないよう乾いた喉を湿らせながら思う。


長い長い階段を上り始めてからどのくらい経っただろう、現在いる階は何階なのだろう。


一階で転移させられたきり、まだ背中から彼の影は見えておらずまだ合流できていない。


それらしい戦闘音は聴こえてこないためにかなりの階を上れたようだが、うっかり最上階まで到達してしまわないようにしなければ。


所詮、私は彼に護ってもらわなければこの世界では生きて行けない存在だ。


ビル内の魔物は今この瞬間にも彼が相手をしているであろうグリフォン以外配置されていなかった。それが敵の想定だとしても正直なところ、幸運だったとしか言いようがない。


私が一人だけのときに魔物に出逢えばまずただでは済まなかっただろう。いざとなれば悪足掻きでも彼の真似をして魔法を使うが。別の悲惨な未来もあったかと思うと背筋がゾッとしてくる。


「・・・・・・・・・・・・う」


全身が寒気に包まれ思わず両腕で体を抑える。


正体がわからない敵に向かっていくことがこれ程にも身震いすることだとは思わなかった。そしてそれに命が掛かっている。


やはりこの世界と私の世界ではまったく異なっている。まだ私はこの世界に順応できていない。


生きている限り付き纏い続ける、死と隣り合わせの恐怖に耐えうる精神。生きるための道を自ら手繰り寄せる事のできる身体。


エルフは何百年とこの世界で生きていた。思えば彼が死ぬかもしれない状況で見せていた妙な落ち着きは子供騙しな虚勢などではなく、この世界で生きているうちに自然と染みついたものだったのかもしれない。


「すごいなぁ・・・・・・」


思い返せばこの世界に来てからは常に彼が隣りにいて、護ってくれていたから安心できた。少し半信半疑なところはあるが、私の中では十二分に信頼できる相手になっていた。


一人でこの世界に来てからというもの唯一の家族から離れ、気丈に振る舞おうとも心には穴が空いていた。この世界にいる限りそれが続くと思っていたのだ。まさかそれが埋まっていようとは。


少女は静かに口元をほころばせる。


―――そうだ。


また私は失いかけている。


だが、だからこそ彼を信頼して待つのだ。恐怖に煽られされるがままではいけない。


「・・・・・・信頼してますからね」


呟き、少女は暗闇を避けるように一度目を閉じた。助けを持つように。

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