第34話 創造魔法
ビルの一階。グリフォンの一振りによって冷たいタイルはバキバキに割れ、クレータのような円形の凹みができていた。
外にまで衝撃の範囲は及んでいたため荒野の乾いた砂まで巻き込まれ、砂埃がゆうゆうと立ちこめている。
一分ほど前、攻撃が直撃する寸前に転移魔法を行使し、ヒマリを二階に転移させた。ただいきなり転移させても彼女は戻ってきてしまうから転移させると同時に告げ口をしておいた。
一言「昇れ」と。
転移際、ヒマリの表情はよく見えなかった。この意図を理解してくれたのかは定かではないが、その告げ口から次の行動の意図を彼女が汲み取ってくれていたなら意味ある言葉になっただろう。
「・・・・・・よいしょ」
タイルが割れた心底寝心地の悪い床から体を起こして、負った傷を診る。爪がかすった右腕と右脚は骨まで届かないにせよ肉が削がれて大量の深紅の液体が白い服に滲んでいた。
魔法による障壁が薄かったところは獰猛な凶爪にすべて打ち負け、無防備な肉体はかすった程度で深い傷を負った。
障壁が厚い腹は辛くもそれを受け止め、しかし、背後を支える壁がなかった体は後方へ突き飛ばされてしまった。
すぐ隣は外、まとわりつく砂埃を振り払って青い空を見上げる。片翼はすでに焼け焦げているが翼を有するグリフォンとの再戦闘のフィールドが外というのは避けていきたい。
知能が高いグリフォンがそれに気づかないわけがない。視界が悪いうちにどうにかしてビルの中に留めさせる策を講じなければ。砂埃でまともに敵の姿が視えないのは相手も同じことだ。
立ち上がり短い詠唱を唱える。それは雷魔法のときとは異なり魔法陣ではなく、薄緑色の点が指に収縮するだけで終わる。
〈〈創造魔法〉〉
この魔法は神と神に付き従う管理者にしか行使できない。言葉で言えば単純明快、あらゆる万物を創造することができる魔法だが実際はそう簡単な魔法ではない。この魔法で創造するものは全てこの世界とは独立した存在だ。故に決められた形で生まれる世界は、新たに独立した存在は異分子と見なし排除しようとする。
人で例えれば、病に侵された体が病原体に抵抗して排除しようとするのと同じことだ。神さえも無差別に創造魔法で異分子を創造することは許されない。
秘匿性も高く、神と管理者以外誰一人として知る者はいない。・・・・・・そう。そのはずだった。
「ほんとに最上階にいる人は何なんだ?」
砂埃でぼやけた視界が澄んでくる。
最上階を食い入るような目で見つめてエルフは呟いた。
数時間前に枯れた荒野の広域を席巻するように突如現れたビル群は明らかにこの世界の造物ではなく、先刻転移させた少女の世界の造物だ。
もし別世界から直接物体を転移させたのなら、世界同士の干渉が起きることによる違和感を感じていてもおかしくない。これほど大規模であればなおさらのこと。
―――だが世界同士の接触もとい干渉は感じられなかった。
つまりビル群の発生は転移によるものではなく、創造魔法の行使によるものだと推測できる。
創造魔法が使える存在・・・・・・考えたくはないがこの事態を巻き起こした人物は自分以外の管理者である可能性がある。
「・・・・・・こんなこと考えたくもない」
と呟いて静かに人差し指に収束した魔法を見つめる。周囲に立ち込めていた砂埃が落ち着いた瞬間を見計らい、薄緑の魔法を放つ。
極限まで圧縮された魔力が開放されると、小さな点はブワッと膨張し拡がる。
放たれた魔法は霧のように散って割れたタイルを、崩れた壁を包む。霧に包まれた一階の内部は全て元通りに修復された。
時間が遡ったかのように思えるその様は過去の状態を〈〈創造〉〉した結果だ。
魔力の霧が消え、修復された入り口を塞ぐように前に立つ。
「さぁ、再戦だ。これで終わりにしてあげるよ」
片翼の機能を失い、もはや飛べなくなった魔物に向かいエルフは語りかけた。
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