第32話 隙
「あー。痛いな」
鋭い魔物の威圧感が全身を針のように刺す。ただ相対しているだけでも体が麻痺してくるようだ。
これに耐えられるものはそういない。
だがそれでも耐えなければいけない。耐えられなければ相手に隙を与えてしまう。そして隙を与えたが最後、一瞬にして命が刈り取られるだろう。
強く意識を保ち、この威圧感に抗う意思を逸らすことを怠ってはいけない。並の戦士であればそれだけで勝ち目は薄い。
そして魔法を攻撃の要とするものは、さらに不利な状況だった。この状況で意識が偏る魔法構成は危険そのものだ。
細心の注意をはらいながら魔法構成を始めたエルフは思考を巡らせる。
「どうします? 逃げます?」
「まさか。背を向けるほうが危ない。とりあえず一撃は無傷で済むように魔法をかける」
「そのまま突っ切るか、倒して進むか、ですか・・・・・・」
元々倒すつもりだった。ここで焦る必要はない。
少女もエルフの意図を汲み取り、後退する体制に入った。全神経をグリフォンと魔法構成に二分化し、集中する。
すると何故か後ろに引こうとする隣の少女がエルフを見て、驚愕の顔になる。それにエルフは最低限の護身用の魔法をかけたところで、手を止めた。
「どうしたの? 僕、今驚くほど変?」
「・・・・・・いえ、顔が」
「顔が?」
「今までに見たことないくらい真面目です」
緊迫した戦いの中では表情を動かすほどの余裕は持ち合わせていない。普通に戦おうとするだけでこうも驚かれるのは少しばかり心外なものだ。
「そんなに僕の評価が地に落ちてたとはね」
無性にやる気が出てきたことを感じたエルフは手に込める力を強めながら言った。さながら彼が魔法陣を無数に作り出す光景を見るのはヒマリにとって初めてのことだった。
―――グォオオォ
隠しようのないエルフの攻撃態勢に大きく両翼を開いたグリフォンは咆哮と共に烈しく空を切る。
静寂としていた空気は烈風となり、はじける。
「・・・・・・いまだ。」
前方の視界を埋め尽くす無数の魔法陣が、閃く。
刹那の出来事、それは脳の情報処理が追いつかないほど一瞬の事だった。
バリィイイイイイイ
共鳴し合う狂雷は耳が痛くなるほどの轟音とともに荒れ狂い、数秒かけて静まった。
手応えはある。すべての魔法陣を構成した手に、魔法が魔物の巨体に当たり、四散した魔力の残滓が伝播する。
だが。
「・・・・・・操られるだけにしてはやるな」
そう呟く、彼の前には全身血まみれの魔物が飛んでいた。片翼を胴体の前に覆い、もう一つの翼で体勢を保っている。
厚く、硬い翼で魔法を凌いだ魔物の目はまだ前方を捉えている。
それが意味することは、最悪の、この魔物に反撃の隙を与えてしまったということだった。至近距離、単身突っ込んできた相手にとっては最高の隙。
「・・・・・・ッっ」
思考を巡らす間もなく、息を呑みこむエルフはとっさに後ろに立ち尽くす少女を転移させる。
その時には獰猛なグリフォンの翼と鋭爪が自身の身体に触れようとしていた。
―――ズガァンッ
そのまま凶悪な一振りは容赦なく振り落とされた。
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