第26話 寝覚めの騒動

「おっ、おはよう!」


目を微かに開くと、痛快な挨拶が飛んでくる。いつもの声だ。


「おはようございます。寝起きから元気ですね」


「僕は寝てないからね」


エルフは無感情でそう返してくる。まるで寝ないことが当たり前かのような振る舞いだ。


「寝なくても大丈夫なんですか?」


「全然大丈夫。それよりもやっておきたいことがあってね」


「やっておきたいこと?」


彼は肯定する。疲れをはぐらかすためか、手をひらひら振りながら言う。


「君が寝てる間の約十一時間、僕の全部をこの魔道具に詰め込んだ」


「この魔道具? あなたの全部? それはいったい・・・・・・」


「こればかりは、すぐわかるよ。はい、これ上げる」


彼にしては勿体ぶらずにその魔道具を差し出してくる。だが、それは一回見たことがあるものだった。初見のものではない。


「これって、あっちの世界で作ったシスラスじゃないですか」


「そうだよ。初めは護身用で最低限の機能しか設定してなかったけど、今回ばかりは訳が違う」


会話の辻褄が合っていない。彼の一方的な説明にヒマリは当惑した。


「・・・・・・何のことを言っているのかわかりません。一体なんの話をしているんですか?」


「つまり、それは保険ってこと」


と、エルフは言う。ヒマリはそれでも「理解できない」と思う。一方、彼の視線は少女を写してはいなかった。


彼が写すその先には冷然と建っている金属質の群がある。


彼の言動とは裏腹にヒマリは懐かしさを憶えながも呟いた。


「・・・・・・あれはビル群?」


「へぇ、あれはビル群って言うんだ。君の世界のもの?」


「そうです。生活してた中で日常的に目にしました」


エルフはちっともこの光景に驚いていないようだ。違和感は間違いなく溢れているはずだが。


「何故あれが? しかも寝る前にはありませんでしたよ」


「そう。そこが奇妙だ。僕も気付いたら、ただそこに存在していることに認識していた」


「もっと驚くところでしょう。というかあれが出てきた瞬間に認識してくださいよ」


「それは過大評価でしょ。僕よりも強い存在なんて山ほどいるよ。それに君もそんなに驚いてないみたいだけど?」


言われてみればそうだ。今までよりも突発的な事象に対して、焦りが減った。これはあのエルフがいるからだろうか。


「随分と慣れてきたね、この世界に」


エルフは楽しそうに身を寄せてくる。少女は顔を合わせまいとそっぽを向いた。


「やめてくださいよ。同族みたいな言い方」


「そんな・・・・・・! 悲しいな〜」


エルフは切ない気持ちを含んだ目線を作るが、ヒマリはそれに応じない。


しばらく二人はその状態で状況の確認を行うのだった。

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