第9話 後輩保母の来場と、娘婿のスピーチ 1

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 たまきさんが話して後、今度は、山上保母の娘婿である伊藤正義氏が呼ばれた。

 彼が紙芝居の木枠横の「壇上」についたちょうどその時、30代半ばと思われる女性が、この会場にやって来た。

 彼女は、後ろの方の空いている場所に着席した。

 正義氏は、そのことに気づいた。


「おばちゃん、あの人、吉村さんじゃないか?」

 スピーチを求められてはいるが、それどころではないと判断した模様。

「え? 吉村先生が来られた?」

 老保母は娘婿の報告を受けた。彼は一度だけ、義母の最後の出勤日によつ葉園に送迎を兼ねて訪れており、その際に、大槻園長と吉村保母には挨拶していた。

 実は、彼女もそのことには気づいていたようである。

「そうじゃ。あの人、ほら、後ろのあそこ。だけどまあ、わし、平静を装ってここはひとつ話すから」

「それで頼みます。吉村さんのことは・・・」

「ここに今来られたことは触れない。ただし、話では触れる予定じゃ」


 伊藤氏は、義母である山上保母のことについて語り始めた。


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 皆さんこんにちは。

 私は、こちらの山上敬子の娘婿の伊藤正義と申します。

 人前ではございますが、義母というのも何ですので、いつも「おばちゃん」と呼んでおりますので、ここでもそう呼ばせていただくことをお許しください。

 まあその、今でこそ義母ですが、結婚前は、交際相手の女性のお母さんでしたので(苦笑)、その頃から、そう呼ばせていただいておりますものでして。


 私はこの回に何度かすでに顔を出させていただいておりますが、皆さんにお話するのは初めてです。

 折角ですので、今回は、よつ葉園の保母としての山上敬子先生ではなく、まあそうですね、山上先生の娘さんの彼氏と言いますか、夫になってしまいましたけれども、そういう立ち位置から見た山上先生についてお話したいと思います。


 よつ葉園の保母としての山上先生については、私はあまり多くを語れる立場にはありませんが、山上先生が定年で退職される前の約2年間、家庭のほうでは娘である妻よりむしろ、娘婿の私に、おばちゃんは相談する機会を増やしていました。

 その頃、よつ葉園では吉村静香先生という保母さんといろいろお話されていたようです。家では、と申しましても私どもは別居しておりますから、厳密には家とは言えませんでしょうが、おばちゃん宅か、あるいは私たち妻子の家かを問わず、実の娘よりもその娘婿のぼくのほうに、話が持込まれました。


 私自身は、中学生の時に妻と知合って、それで、義母の仕事がどんなものかはおおむねわかっておりましたけど、その仕事の詳しいところは、聞かされてもいませんでしたし、こちらから根掘り葉掘り聞くこともなかった。

 しかし、なぜか最後の2年間、おばちゃんは、よつ葉園の吉村先生と私に、色々と話を持ち掛けていました。吉村さんの方とどんな話をしていたのかは、おばちゃんからも聞かされてはいますが、詳しいことはわかりません。それこそ、当事者の片方の「自主申告」ですからね(苦笑)。


 ですが、仕事を離れて家族の前でよつ葉園という養護施設の仕事というか内情を聞かされた時の印象ですが、ずいぶん、大変な仕事だなという印象を持ちました。

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