第2話 使い古された木枠と紙芝居の絵のゆくえ
山上敬子元保母は、使い慣れた木枠の扉を開けた。
さあいよいよ、物語が始まる。
何の物語をするかは基本的に開催前から表示されているとはいえ、この木枠が開く前というのは、さあ、どんな話になるのかと気になって仕方ないものだ。
回によっては今の時代の「子ども」が親や祖父母に連れられて来ることもあるが、今回は、今の「大人」しかいない。強いて言えば、取材に来た大学生の男女、それも、山上保母の旧知の男性の息子とその交際相手の女性が、一番若いところ。
出席者の平均年齢は、問うだけ野暮というもの。
先ほど述べた2名の学生さんによってそれが幾分下方修正されていると言えば、まあ、そういうこと。だが、その平均年齢を高めている大人たち皆、子どもには今更戻れないにしても、そのころの気持ちに戻っているようでさえある。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
さて、物語の前に、この木枠のことについて解説しておこう。
この木枠は、よつ葉園に保母見習として就職して間もなく、当時のよつ葉園で行われていた「あおぞら劇場」の一環として行われていた紙芝居に使われていたものである。保育の時間に使われることはあまりなかったが、ここぞという時にはこの木枠を使って、紙芝居が行われていた。
若い頃はともかく、結婚後一時休職後に復職してきてから先は、山上保母しかこの木枠を使っていない。かくいう彼女自身、いつも使っていたわけでもない。
この木枠と使い古された紙芝居の絵一式は、山上保母が1985(昭和60)年に定年を理由によつ葉園を退職した際、彼女に譲受された。
要は、よつ葉園の若い保母がこのような木枠や昔ながらの絵を使って本格的な紙芝居をするわけでもないし、置いていても仕方ないということ。
彼女は最後の勤務日には娘婿の伊藤正義氏に送迎されてよつ葉園に出勤し、大槻園長らとの挨拶の後、これら一式を吉村静香保母から受取った。
これも、今さら若い保母が使うこともないというのが、その理由。
しかし、これらの物品を山上保母に譲ることを申出たのは、大槻和男園長であった。それには吉村保母の提案もあるにはあったが、それに拘わらず、大槻氏は山上女史にこれらの「骨董品」を退職記念の一環として譲渡する予定であった。
「ところで正義君、こういうものを記念品的に渡すとは、これも、大槻君の「経費削減」というか、今時の国鉄で言われる「合理化」っていうものなのかな?」
帰りのクルマの中で、老保母は娘婿に尋ねるともなく尋ねた。
後部座席には、件(くだん)の木枠と紙芝居の絵一式が乗せられている。
彼女の横の運転席にいる娘婿は、その言葉に反応した。
「確かに、大槻さんはビジネスマン的な要素の高い人だから、そういうことを考えらえれたのかもしれない。それこそあの方御自身は、「厄介払い」の一環くらいに考えておられたかもしれない。でも、おばちゃん、それは違うぞ」
「どういうこと?」
「この紙芝居一式は、単にゴミを引取れとか、まして、前時代の遺物を排除することを目的にして持って帰れと言われたものなんかじゃない。百歩譲ってもらって大槻さんにその意図があったとしても、発案されたのは吉村先生じゃないか。あの吉村さんが、そんな意図で発案されるような方とは、到底思えないよ」
「そうだとしたら、吉村さんは、どんなおつもりで?」
「決まってるじゃないか。いつか吉村さんから言われてなかった? 大人相手の保母として、これから活躍してもらうためだよ。そのための「餞別」やがな。目先のお金とか、何とも言えない品物じゃなく、この紙芝居の一式こそが、これからのおばちゃん、「山上先生」の言うなら「商売道具」になるってことじゃ」
「後ろのあの一式、吉村先生からのメッセージってこと?」
「そういうことじゃ。大槻さんは、もう、どうでもいいじゃないか。あの大槻園長さんにとっても、おばちゃんにとっても、お互いこれで、「ウインウイン」、それぞれが得するってことだよ」
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さて、こうして開けられた木箱から出てきた絵は、新しい絵の紙芝居であった。
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