イイワケ

Totto/相模かずさ

いいわけ

「最後まで言って」


 もしかしたら、別れることになるかもしれない。

 そんな覚悟をしながら、それでも何か言いたそうな彼の言葉を待った。

 約束に遅れたことを怒っているんじゃないのは理解してくれているはず。


「ちゃんと話す。あと、先に言っとくけど、これ浮気じゃないから」


 そう言いながら彼は、私が選んだシャツの襟元にベッタリとついた形のいい真っ赤な口紅の跡を指差した。


「浮気じゃないって、じゃあ、まさか本気?」

「違う、それも含めて全部話すから。最後までしっかり聞いてくれ」


 どんな言い訳が飛び出してくるか、いつもならこの時間も楽しかったけど今日は彼の荒唐無稽な作り話を楽しむ余裕はない。

 だって、昨日は彼を私の両親に紹介しようとした日。

 それを見事にすっぽかされたのだから。


「昨日俺は約束の時間1時間前に家を出たんだ。ちょっといいスーツだったし靴も履き慣れてなかったから先に行っとこうとして。で、ドアを開けたら」


 そこまで言うと、彼はコーヒーを一口飲んだ。

 甘党の彼はいつも角砂糖を2個入れる。それに牛乳を少々。

 私はといえばいつもブラック。


「ドアを開けたら、道がなかった。っていうか、神殿というか、城っていうか不思議な広間でさ」

「は? 言い訳にしては下手すぎるんだけど」

「いいから最後まで聞けって。で、そこにお姫様みたいな格好のケバイ女とじゃらじゃら宝石つけた太ったジジイと性格悪そうなジジイがいたんだよ」

 

 嫌そうな顔はその時を思い出したフリだろうか、結構演技上手いのよねこの人。

 色々と突っ込みたいことはあるけど、話の腰を折らないように大人しく待つ。


「いきなり勇者やらなんやら言われて、女に口紅つけられてもう帰りてぇ、俺は結婚の申し込みに行くんだってすげー思って」

「でも昨日電話も繋がらなくて、さっきここに来たんじゃない」

「気がついたらスーツのままここにいたんだよ」

「信じられない」

「本当なんだって、あ、これ」


 肩に長い金髪が一本、まるで絡みつくようについていたそれを彼が摘んで払い落とそうとしたその時、ガチャっと玄関の扉が開いて誰かが入ってくる音。


「え、誰か来た?」

「どうだろう、行ってみようか」

「うん」


 彼の後ろに隠れるようにして玄関に行って扉を開くと、そこは大理石でできた大広間のような場所。パニックになりそうな私に、ゆっくりと近づいてきた老人は笑みを湛えてこう言った。


「お待ちしておりました、勇者様、聖女様」

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イイワケ Totto/相模かずさ @nemunyo

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