静寂
波の音がなければ忘れそうで
死んださかしまな男がいた石造りの塔
窓が本棚に隠された一室だけに影はいた
ここは光もなければ記憶もない処で
影だけあってあたしがないと報せる
そういう最初の風景に立っていた
次の記憶は解剖台の上に己の影を切り離して縫っていき
影を骨格と共に創っていけば
するとそこから肉がついて言葉が付く
言葉が付けばそれは動く動機となって
伝書鳩が生まれ外の世界へ羽ばたいてく
それが始めての創作であたしが生まれた動機であった
夢を連続させるよう創作を続けて
影を材料に創って見送っていくたびに
恍惚としながらも あなたたちを愛しているとしながらも
あたしは間違いを犯してないと願うが
羽ばたきでは届かない何処かへ行きたいと願うが
影しかないから陽には当たれぬから
あたしの世界であたし一人戸惑う
願うばかりで動きはない
波のように動けない
あたしの約束は夜しかできないのは
あたしは引き潮にて貝殻を集めるから
満潮になれば陽の下に出されるから
十九歳、明日で二〇になるあたしは
そろそろ姿を影に埋めて太陽へと羽ばたくには良い時期だから
手紙を書くことにした
あったこともない母への手紙
いつものように、でもそれは最期で
はためきとすきま風、白浪の音
忘れることないあなたは
籠へと戻ってくる
あなたが持ってくる枝が好きで
交換にあたしは夜に集めた貝殻を渡すのだが、
あなたが持ってきたのは枝ではなく手紙であった
父の死亡届
母が言うには前線にて名誉の戦死だと
帰りを待っていると続けられてもいて
手紙を閉じる
風がまだうるさく本棚がきしむ
嵐が来たようだが
今日中に母に届けなければならない
帰れぬとだけ書いてあたしは手紙を完成させた
あなたとの交換の儀はこれで終わりだろう
鳥籠にいるあなたをはためかせて
本島へと届けてくれと願うようにいいながら
あなたは波のように寄せて返すように
後は扉が開くだけだと受け取る
本棚を押し倒す
お前が残してきたものはなかった
窓は開いてあとは開くだけだ
静寂から生まれたのに今は回転式拳銃の音を望むのは
そこから静寂が影を縫って現れるからだ
ここも一つの静寂だと知るには暗すぎる
あたしの夢から流産する子の責め苦が影から手を伸ばして言う時は
狙い撃つ死神にあなたすら奪われるのではないかと怯えた
あなたには生きてほしい
塔にて嵐の去り際を待つあたしを
あなたは生きてほしいと願うあたしを
陽が沈むのを待つ
嵐の終わりを待つ
歴史の終わりを待つ
訪れを待つ
ならば続きを望もうとする小市民ぶりを
あなたは笑うかのように羽ばたいた
鳥かごは驚きとともに落ちる
あなたは羽ばたいて本島へ向かう
瞬間、つよくもつよく風が吹いてあたしは確信するのだ
勝利をあなたは伝え行く
父の突撃の正しさを伝え行く
この風景に詩人は生きていると伝え行く
あたしの敗戦も伝え行く
あなたは行くのか 転向詩人を嘲笑って伝え行くのか
回転式拳銃を回転させ続けるあたしを
あなた不在の中、鳩の羽ばたきだけが
嵐に続いてやってくるのが静寂だと教えた
夢への返答がこうにも静かであると知ると
あなたたちの死が着剣音のように響くのだ
砂浜を歩くあたしをただ月のみが照らしていて
死者に手向ける貝殻を探す
どれもあなたたちには古く、新しすぎて
時代はあなたたちに合わさることなくいってしまうことを悔やんでしまう
引き潮は白浪の音とともに終わっていく
水面の音も木の葉が掠れる音も
落日を思う杞憂
暗やみは明けるのに伝書鳩はもう見えない
(伝書鳩は英雄として剥製となる)
太陽は輝いている
永い夢を見ていたようだった
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