寝台列車

始発駅、征東港<ウラジヴォストク>にて

揺れる

あたしはただ逃げたかったから

東からの逃避行を始めると

黒い実存の夢から醒める


夢から醒めたとき、隣人はまだ話を続けてた

「いいかい、あたしたちはね。

夢を見果てて生きるためではなく、

ただね、待ち続けているためにあるんだよ

歯車は回って、ソレの番やってくるんだよ」

その話の最後隣人の指さす窓からは

まだ永久凍土<シベリア>の黒い土が続いていた


外から見える永久凍土<シベリア>は

言の葉の枯れた大地に

夢を見果てた白銀の星

その地平線を夢想さす寝台列車は夢と現を繰り返す

揺れが収まり断崖<イルクーツク>にて止まる


断崖<イルクーツク>から頂上<ウラル>へ向かう道筋でまた夢へ堕ちる

あなたが星座の彷徨を追ったのを

月夜に枯らして待ち望んだのが始まりだ

大きい穴が空にひらいたとラジオは言った

それを知らぬあなたのもとへは帰れない

ラジオは未だ行方不明者の話をしている

終末の嘘を教えたあなたの声のよう枯れていて


女王回廊<スヴェルドロフスク>にて降りる隣人の老夫妻

肘をつけて目を覚ましたあたしに

永久凍土<シベリア>では黒い土があんなに舞っていたのに

「あたしは夢を見ていたよ

鼓動の音が聞こえている夢を

あなたが見た空へ憧憬を続ける終末世界を

黒くて黒い空だったよ

もう続かないんだね、終点が来るんだね

あなたの空を見てこの列車に乗ったんだよ

さようなら」

終わりの過ごし方で

話し合っていた隣人たちが

乗り立つ前に教えてくれた空の色を

あなたの空を、まだ見てない

この列車は終点<モスクワ>まで続くので

黒い空はすっかり赤く染まってしまうのだろう

終わりの過ごし方をあんなに探したのに


終点にて列車は氷都<モスクワ>へ到着する

凍った空気を吸い込んで

あたしは肺が凍る感覚に赦しを覚えた

吐き出す

空は黒、限りなく黒で

終わりの過ごし方がふとよぎる時


降りる乗客の群れに

まぎれたあなたを見つけた

やがてあなたは出口に立って

はなれようとするあたしを連れ戻そうと手を引いた

手を引かれたあたしはなきわめいて

抱きつかれて

空は揺れる


目をさます

あなたの腕の中で

黒い乳を飲まされていた

もう、枯れた嘘を、虚偽の終末を

ラジオが呟きながら……揺れる




東からの逃避行を

終末要塞<オムスク>にて続ける途中下車をした

黒い実存の夢から醒めたら

どこへ辿り着くのだろう

あたしの実存は白くあるだろうか

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