原則非公開の統計情報
公的機関は、調査と統計が大好きである。月ごと、半期ごと、年ごとのいずれかのスパンで何らかの事象の件数を報告させ、それらをとりまとめて集計した数字にそれらしい説明を張り付けて公表する。自治体レベルでも国レベルでも、どのような分野であっても少なからず行われている。総務省には、まさにそれを名前に関した統計局という組織すら存在しているし、統計法という厳格な法律も規定されている。
やけに調査と統計が実施される理由と絡繰りははっきりしていて、調査を行って実数をとりまとめるという仕事は、数え上げにミスさえなければ「集計結果」という成果が確実に得られるため失敗しにくく、さらに、得られた「数値情報」については、予算申請や政策の有効性評価の際に、「客観的」な根拠資料として提示することが可能となる。また、ビッグデータの解析やアンケート調査ならともかく、例数の集計作業だけでビジネスに繋がることはなく、民間企業の積極的参入が絶望的であることから、公的機関が担うべき役割としてうってつけだ。
公的機関が作成した公的統計については、調査情報から個人が識別できないよう加工した「匿名データ」を大学や研究機関で二次利用することが認められている。個人情報以外にも、一般に利用可能な統計情報となる前に、加工によって「失われる情報」というものが存在し、この「調査結果は存在しているが国民に公開されていない」情報群の中には、にわかには受け入れがたい数値が並んでいる場合がある。公開を控えている理由については、「数値について理に適った説明が出来ない上、一般市民の混乱や誤解を招くおそれがある」という担当者レベルの人間による「忖度」が働いているためで、残念ながら、「日本国政府によって隠蔽されている」といった大掛かりな話ではない。大抵の場合、そんな細かい数値を「上層部」の人間は把握していない。
この章では、私が知り得た幾つかの数値について紹介したいと考えている。なお、本作品はフィクションに過ぎず、国家公務員法第100条『職員は、職務上知ることのできた秘密を漏らしてはならない』が関係してくる余地は一切ないが、何かの偶然で、私の挙げた統計項目が実在し、あまつさえその数値が現実のものと完全に一致していた場合に、あらぬ誤解を受けて私や関係者が訴追される危険性がないとも言えないので、数値については、乱数を発生させて元の値がわからないように加工してあることをあらかじめご承知おきいただきたい。
2022年 853件(うち3件)
2021年 874件(うち6件)
2020年 929件(うち7件)
執筆時点から直近三年間の殺人事件の認知件数を列挙した。そのうち、通報者が被害者本人と思料され、かつ、通報日時が死亡推定日と異なる事件の件数をカッコ内に示した。
これは、身の危険を感じていた被害者が警察に事前に相談していたにも関わらず殺害されてしまった事件のことではない。
被害者が死亡したより後の日付に、被害者本人からの架電により事件が発覚した例数である。私が把握している範囲では、殺害直後に匿名の通報によって事件が解決している例は非常に多く、音声鑑定によって「通報者は被害者本人と考えて矛盾がない」とされる例も少なくないのだが、そのような枠組みでの事件数は集計されていなかったため、通報日時と死亡推定日に一日以上開きがある事件に限定して計数することを余儀なくされた。
なお、この手の通報は、「匿名の通報」と報道されがちだが、当然、110番で録取された音声の最初に、堂々と死者の名が名乗られている。捜査の一環で、遺族にその声を確認してもらうことがあるようだが(録音データの提供等はできない)、被害者の最後の(?)声を聴けたということで、何か少しでも救いになっていると信じたい。
2022年 2人(2人)
2021年 286人(5人)
2020年 3人(3人)
執筆時点から直近三年間の、ある物質による中毒死者数。カッコ内は公開された統計情報。2022年の2月、2021年の年間数値があまりに異常だったことから、再調査がかけられたが、原因については全くわからず、4月に例年より一ヶ月遅れて虚偽の数値が公開された。翌年も三桁の数値になった場合、さすがに何らかの対策がとられたはずだが、以前の水準に戻ったことから、「引き続き注視していく」という方針で、実質的に無対策のまま現在に至る。中毒原因となった物質の名前は水。特に夏季期間中は顕著だが、我が国では熱中症対策のため水分を積極的にとることが推奨されており、水中毒の注意喚起の報道は慣例的に控えられている。
2022年 2.8%
2021年 3.1%
2020年 2.3%
北海道を除く地域における行旅死亡人のうち、手指の爪を2枚以上剥がされた状態で発見された人間の割合。行旅死亡人とは、身元不明で引き取り手のいない遺体のことである。直接の死因とは関係がないこと、身元に繋がる情報でないことから、全く公開されていないが、何者かに拷問を受けた形跡であると考えられている。なお、北海道(正確に言えば、札幌の道本部だけでなく、函館、旭川、釧路、北見の方面本部を加えた全域)において、そのような遺体の報告例は無い。
2022年 7363人に1人(770人に1人)
2021年 7858人に1人(1066人に1人)
2020年 7959人に1人(1229人に1人)
日本国民における網膜剥離の発症率。カッコ内は、最も高い値を示した自治体(市町村レベル)における発症率。長らく、一万人に一人程度とされてきたが、近年明らかな増加傾向が見られる。スマートフォンの普及率との相関を指摘する声もあるが、原因は不明。なお、上記の3年で最も高い値を示した自治体は、同一県内で隣接する三市町村であり、現在、医薬基盤・健康・栄養研究所による実験介入が行われている。該当する自治体にお住まいの方は、紫色のサプリメントを無料で配布されており、眼科検診を盛んに勧められることから、既に、何かあったことに薄々勘付いていることだろう。
2022年 12件(365日)
2021年 31件(365日)
2020年 74件(366日)
十二省庁からマスメディア向けに発出された報道の方向性を指示する依頼文書の件数。カッコ内は、マスメディアが何らかの報道自粛を要請されていた延べ日数。なお、近年、自殺対策として、自殺に関する報道に関して厚生労働省からかなり強めにガイドラインが提示されているが、上記の数字にはこれを含めていない。また、報道への介入自体に対する反発から、公的機関の指示に一切従わないメディアも未だに存在し続けており、このようなメディアに対して軽々に情報を提供できないことを理由とした全体への隠蔽、公開タイミングの遅延などは当然発生しており、国民の知る権利に負の影響をもたらすという更なる悪循環が生まれている。
しばらく様子を見て、何も問題が生じなければ、続編として他の統計情報についての物語も書きたいと思う。
一方、いくつかの数値については、怖い話ではない気もするし、無駄にリスクだけ高いので、我が身可愛さで場合によっては消そうと思っている。
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