第14話 歪み
魔王はリカンシからセルカークが喋れない理由を聞く。
彼女が発生している言葉の意味を教えられると、少し考えるようにその場で暫し沈黙してしまうのだった。
♢
リカンシ「君がカー君のお兄さんの事を知りたいなら、アビちゃんに聞いてみたらいいよ」
魔王「ああ、承知した。長居したな。それでは、お暇させてもらう」
魔王はリカンシに背中を見せながら右手を上げると部屋から出て行く。
チーもリカンシにお辞儀をすると魔王の後ろをついて行くのだった。
魔王はセルカークの元へ向かう中、去り際に言われたリカンシの言葉を思い出す。
リカンシ『君がカー君のお兄さんの事を知りたいなら、アビちゃんに聞いてみたらいいよ』
魔王はリカンシの言葉を思い返すと、多少鋭くなった目で歩みを進めるのだった。
♢
リカンシ「良いとは言ったけど、・・・どうしよう彼女?」
リカンシは自身の部屋に横たわるルーを心配そうに見つめる。
以前ゾンビのような顔色でソファに横たわるルーをどうしたらいいのか、わからないというのが本音だった。
リカンシ「はぁー」
リカンシがやりきれない思いから溜息を漏らした時、リカンシの部屋のドアが開く。ボーとしていたリカンシは不意に開いたドアの音に驚いたように顔を上げると横を振り向く。
マンチ「失礼します。艦長ー」
リカンシ「ん? 急にどうしたの〜? マンチちゃん」
部屋に入ってきたマンチは即座に一枚のカードをポケットから取り出すとリカンシに手渡す。
マンチ「これ、お願いします」
リカンシ「ん? これなんのデーター?」
リカンシはマンチから受け取ったカードの記号のような文字を見ながら一度は首を捻る。少々不可解な顔つきにはなるが、自身の指先につけたリングでカードの上をなぞる様にして触れる。
リカンシがカードをなぞると瞬時にカードに内蔵されたデータが空中に表示されると、リカンシは手を翳して投影された情報を一つずつ確認していく。
リカンシ「ああ。ウーガーとマンチちゃんの戦闘記録だね〜」
マンチ「そうです、そうです。マンチが戦ったときのスカイショットの映像と、サークル張ってたんでメインビジョンの映像です」
マンチは得意げに胸を張るが、リカンシは忙しなく指先を動かしウーガーの情報を確認していく。
リカンシ「…またジシアンに酸素混ぜたのマンチちゃん?」
リカンシは少しだけ呆れたような顔で記録媒体に映っているマンチの桃色に燃え盛る両拳を見つめる。
マンチ「ええ。マンチの拳で燃やしてやろうと思って」
リカンシ「……うん」
マンチは自身の両拳を得意げに掲げるが、リカンシは若干返答に詰まってしまう。女の子らしくないと言ってしまえばその通りだが少しだけ意地の悪い笑い声をあげ暴れそうになるマンチに困ってしまっての事だった。
映像に写る燃え盛るマンチの拳を見て、マンチから視線を少しだけ反らし苦笑いを隠すように声を殺すのだった。
マンチ「あっ、そこ止めて下さい!!」
マンチは突然リカンシの腕を掴むと、空中に投影された映像の中から一つを指差す。
マンチ「おかしくないですか? こいつ?」
マンチが怪訝な表情で指差す先にはウーガーがこちらを睨む姿が映る。映像で見ても不気味な程に、その視線には憎悪にも似た感情が乗ると見たものを戦慄させるのだった。
リカンシも映像に写るウーガーの顔にゴクッと喉をならした。
リカンシ「確かにおかしいね・・・」
リカンシは深刻そうな顔つきで顎髭を触りながら首を捻る。
マンチ「ですよねー。だってこいつ―――」
マンチは映像に映る一つの記号の列を指差す。
マンチ「この瞬間、Aクラスの外宇宙災害指定種並の数値叩き出してますからね」
リカンシ「…だね。アナリティクスが跳ね上がっているね」
マンチ「ですです」
マンチはリカンシの声に頷く。
マンチ「エジさんもアナリティクスがエラーを起こしたって言ってたけど、
マンチの最新式ですよ。絶対エラーじゃないっぽいんですけど」
マンチはアナリティクスの付いている自身の瞳を両手の指で指差すと機器の故障ではないことをリカンシに訴えるのだった。
リカンシ「…うん」
リカンシは深刻そうに顔を尖らせるとマンチの意見に耳を傾け始める。
マンチ「それでですね、艦長。マンチ、エジさんから命令受けててー。
後で文句言われるの嫌なんで、今言っときますね―――」
マンチは突然リカンシをゾッとするような空洞のような瞳で見つめる。
マンチ「―――次にあったら初手でこいつを殺せって言われてるんで、マンチあれ使います」
リカンシ「!!」
マンチ「要はマンチ全力でいくんで。うへへへ」
リカンシが目を見開く中、マンチは不気味な笑い声を上げ始める。
マンチの上げ始めた笑い声にリカンシは考え込むようにして瞳を瞑る。マンチのことをよく知るリカンシだからこそ考えれば考えるほどに不安という2文字が頭の中に入り乱れるのだった。
リカンシ「…エジ副官が、そう判断したんだね?」
マンチ「ええ。エジさんに言われました。マンチ、平社員なんで
上官の命令には逆らえませんので」
リカンシの問いかけにもマンチは全く悪びれることなく全部エジの責任とでも言いたげな物言いをするのだった。
マンチの発言を聞いたリカンシは少しだけ悲壮感を漂わせるとマンチに口を開いた。
リカンシ「…マンチちゃん。それは違うからね」
マンチ「えっ? 何がですか?」
マンチはリカンシの言葉がまるでわからないと言わんばかりに喰いかかるが、顔を合わせたリカンシは少し寂しげな瞳でマンチを見つめた。
リカンシ「いくら上官命令とはいえ、僕らは惑星保護機構エスペラだよ。
各々が各々自身の意見や思想を持たなければならない」
マンチ「はぁ…?」
リカンシが真面目な顔で訴えようが、マンチは投げやりな返事を返す。
リカンシはそんなマンチの態度に胸の中が酷く痛むと、マンチに合わせた視線を
落とすのだった。
リカンシ「今回の件。僕に報告してくれたの嬉しいけど…、
ウーガーの件は僕が預かる。しばらく考えさせてほしい」
マンチ「え〜〜〜! マンチ戦う気満々だったんですけどー!」
リカンシ「勝手なことは許さないよ」
駄々をこねるようなマンチにリカンシは少々尖らせた瞳で見つめると、リカンシにしては珍しく威圧するような物言いを返す。リカンシの言葉にマンチは舌打ちでも返しそうな顔つきで片方の唇を引き吊らせると口を開いた。
マンチ「わかりました、もういいです」
マンチは誰が見てもわかる程に不貞腐れるとリカンシから視線を外す。
リカンシ「…うん」
リカンシは静かに頷くとマンチから視線をそらした。
マンチは用が済んだのか踵を返そうとするが、再びリカンシを振り返るともう一枚のカードを差し出すのだった。
マンチ「あっ、あとこれもお願いします。マンチ、魔王の事、仮保護対象に推薦するんで。じゃあ」
マンチはまるで投げ渡すように一枚のカードをリカンシに渡すと、すぐに部屋を出ようとするが、リカンシは突然の事に驚愕の声を漏らしてしまうのだった。
リカンシ「えっ?! マンチちゃんも?!!」
マンチ「えっ?」
リカンシの声にマンチは立ち止まると後ろを振り返る。そして、すぐさまリカンシに問いかけるのだった。
マンチ「もっ、て何です? 誰か推薦してるんですか?」
リカンシ(・・・まずい)
リカンシは自身の眉のあたりを指先で上下させながらマンチから視線をそらす。非常にまずいと言わんばかりに顔を引つらせた顔をマンチからなるべく見えなくするように徐々に後ろを振り返っていく。
マンチ「誰です?」
リカンシ「…嫌。言葉の言い間違いというか…」
マンチは後ろに振り返っていくリカンシとの距離を徐々に詰めていく。
対するリカンシはマンチに徐々に部屋の角に追い詰められていく。
マンチ「艦長嘘下手だからダメですよ。エジさんですか? アビシニアさんですか?」
リカンシ(・・・まっず)
リカンシの鼓動は早くなると鼻から洗い息を吐き続ける。
マンチ「あっ、わかった。セルカークさんだ」
マンチの言葉にリカンシはビクリと体を揺らす。
しばらく次の問いかけがこないか怯えるリカンシだったが、マンチは沈黙する。そして、静かになった部屋に突如ドアが開く音がするのだった。
リカンシ「違うよ、マンチちゃん!!」
リカンシが振り返った時には、既にマンチの姿はなく、うめき声を定期的にあげるルーのみがソファに転がる。リカンシは血相を変えるとその場で叫んだ。
リカンシ「だから嫌だったんだよ! あの子1番に異常にこだわりがあるから!」
リカンシは叫び終わると、すぐに気持ちを切り替えマンチを追うのだった・・・
♢
場面は魔王に切り替わる。
マンチがリカンシの部屋を飛び出した時、魔王は治療の終わったセルカークと喋っていた。セルカークの前髪で隠れた右目には目を覆うように眼帯のうようなものがついているが、顔についていた細かい傷は綺麗に消え去っていたのだった。
魔王「無事で良かったよ。せ、・・・ネコ子」
セルカーク「…にゃ」
魔王は口から出そうになる言葉を途中で止めると、いつものようにセルカークに話しかけた。
返ってきたセルカークの動物のような鳴き声もリカンシの話を聞いた後だと、どこか違うように耳に届いてしまう。どうしてもセルカークが不憫に思えてしまう事に魔王は少しだけ苛立ちを起こしそうになるのだった。
魔王「・・・右目は痛くないか?」
セルカーク「…にゃ」
魔王が優しく問いかけるとセルカークは首を立てに振る。
魔王も微笑み返すが、何故かどこかぎこちない笑い方になってしまう。
魔王の様子を見ていたチーはいつもの様子と違う魔王を見て口を開く。
チー「セルカークさん怪我してるんだからさ、あんまり長居したら傷に響かない?」
魔王「…そうだな。確かにチーの言うとおりだ」
魔王はチーの声に頷くと、治療室前の椅子からゆっくりと立ち上がる。
魔王「また、後で来るよ」
セルカーク「にゃ…」
魔王はセルカークの頭をポンポンと軽く叩くと去っていく。
去っていく魔王をセルカークは少しだけ寂しそうに見つめると左目で見つめた。
セルカーク「に、や…」
魔王の姿が消えるとセルカークは席から立ち上がる。少しだけ名残おしそうに魔王の消えた廊下を見つめた後、自室に帰ろうとした時だった。
セルカークの振り向いた先には、不機嫌そうに顎を突き出したマンチが立っておりセルカークを見つめる。
マンチ「セルカークさん保護対象に魔王推薦してたんですかー?」
マンチのどこか棘のある物言いに、セルカークは不思議そうな顔を傾けて見つめる。だが、事情の分からないセルカークは、マンチの言葉を肯定するようにゆっくりと1回頷いた。
マンチ「あー、やっぱり。そうだったんだー・・・」
セルカーク「にぁ?」
セルカークは意図がわからず首を捻るが、マンチは瞼を少し下げた不機嫌な顔つきでセルカークに近寄る。
マンチ「あのー。マンチが魔王見つけたんですけど」
マンチは首を横に傾けながらセルカークに話しかけるが、セルカークからしたら最早言っていることは理不尽そのもので、不機嫌な顔つきも相まってより印象が悪く見えてしまうのだった。
セルカーク「・・・・・・・」
マンチ「・・・・・・・」
両者が無言で見つめ合っていると、マンチの後ろから慌てた様子のリカンシが現れるのだった。
リカンシ「マンチちゃん!!」
リカンシはマンチの片方の肩を掴み、セルカークから引き離すのだった。
リカンシ「ダメだよ!!」
マンチ「えっ? なにがですか?!」
マンチは顔を合わせたリカンシに以前不機嫌な態度で返答すると、リカンシの手を片手で振り払う。
マンチ「もうーーー!! マンチ何でもダメダメ言われて腹たつんですけど!!」
『*マンチちゃんは戦ってはダメだよ。女の子だからね・・・』
マンチは思い出した幻影のような思いに、癇癪を起こしたように暴れ始める。
マンチ「マンチ強いのに魔王のせいで全然戦えないし!!」
『*お前は女だろ。・・・戦わなくてもいいよ』
マンチの幻影は徐々に大きくなると、体に震えが起こり始めるのだった。
リカンシ「マンチちゃん!!」
マンチ「マンチは負ける事と、一番じゃない事が一番嫌いなんですよ!!!!」
『*マンチは1番には絶対になれない。・・・僕がいるから』
マンチの思い出した幻影は完全に形を現す。
それは一番思い出したくない姿で、脳裏に浮かんだ自身を突き放す常に上から目線の態度も、断言するような物言いも全てがマンチの心に影を落とすのだった。
マンチ「あぁあ!!」
エジ「マンチ!!」 アビシニア「マンチちゃん!」
リカンシ「エジちゃん!! 手伝って!!」
騒ぎを聞きつけたエジは廊下から現れると、リカンシの声に従うようにリカンシと共にマンチを押さえつける。
マンチ「ふっー! ふっー!」
マンチは取り押さえられながら荒い息を吐くと赤くなった顔に涙を浮かべる。
アビシニア「・・・マンチちゃん」
魔王「どうした?!」
魔王も騒ぎを聞きつけチーと共に廊下から現れるとすぐにマンチの異変に気づく。そして、すぐにリカンシとエジと共にマンチを落ち着かせるのだった。
・・・・・・
数刻時間が経過する。
その後、結局リカンシとエジに宥められながらマンチは拘束されるように別室へ連れて行かれる。マンチが別室に連れて行かれると魔王は残されたメンバーに話しかけるのだった。
魔王「マンチはどうしたというんだ?」
魔王の問いかけにアビシニアは俯き加減で返答する。
アビシニア「ええ、マンチちゃんも色々と悩みがあって・・・」
セルカークも少し悲痛な面持ちで魔王に顔を合わせるのだった。
セルカーク「…にゃ」
魔王「そうか…」
魔王は頷くとアビシニアに顔を合わせる。
魔王「アビちゃん。ちょっとだけいいか?」
アビシニア「え、ええ」
魔王に声をかけられたアビシニアは頷く。
魔王「少しだけ二人で話がしたい」
アビシニア「・・・え、ええ。いいですよ」
アビシニアは魔王の申し出を直ぐに了承する。
セルカークとチーが席を外すと魔王とアビシニアは話し始めるのだった。
魔王「セルカークのお兄さんとマンチについて教えてくれ!」
魔王は横にいるアビシニアを振り向くと真剣な表情で見つめるのだった。
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