第11話 マンチ

マンチ「うへへっ、うへへへへへーーー」


 マンチは地表に叩きつけられたウーガーを見て笑い声を上げる。

 その顔は見る者にとっては凶悪で、狂人で、まるで理性のないように思えるほどに歪な顔立ちを見せると、皆を戦慄させるほどに凶悪に歪む。とても正気の顔とは思えず、例えるなら飢餓状態で獲物の肉に食いつこうとする飢えた獣のようなもので、あげる笑いもどこか耳に残るように下ひた声に聞こえてくるのだった。


 マンチに空中から叩きつけられたウーガーは、陥没した地面に寝転ぶような形で仰向けに転がると首をグキグキと捻る。


ウーガー「がっ・・・いってーなーーぁぁ」


 ウーガーは意識はあるものの、流石に物理法則を無視したようなマンチの蹴りが頭部に直撃した為ダメージはあるらしく、

いつもの笑い声は挙げない。いや、挙げれなかったかかもしれない。

口を開くたびに口からむせるように吐血し、仰向けになった体を起こすのにも少々時間がかかるのだった。


マンチ「はいはい。起きてくださいよ。マンチまだ本気じゃないんですけどー」


 マンチは余裕と言わんばかりに自身の手のひらを合わせ、煽るように手を叩き続ける。まだまだ闘い足りない。自分とやるには役不足。そういう不平不満を態度と飽き飽きしたような声で表現する。

 ウーガーは苦笑いにも似た笑い声を上げながら、ゆっくりと立ち上がるとマンチに顔を合わせる。


ウーガー「うががっ。・・・ふざけたねーちゃんだな」


 ウーガーは立ち上がりマンチに向けて笑うが、いつもの嘲笑するような笑い声はマンチには発せられなかった。

 マンチに対してはウーガーでも畏怖の感情があるのだろう。

 どこかマンチの戦い方や力に苦笑いしているような感じにも見えるのだった。


マンチ「マンチもう体液沸騰したんで、もう一つの技くらいつかわせてくださいっ」


 マンチは喋りながら地面を左足で踏み込むと、立ち上がったウーガーに空中で横回転しながら頭上から顔面に向けて蹴りを放つ。


マンチ「ねっ!!」

ウーガー「ががっ!」


 ウーガーはマンチの回転蹴りを片手で腕を抑え、左肘で受け止めると、お返しと言わんばかりに右足の蹴りをマンチの顔面に放つが、マンチもそれを左手の掌でいなすように交わすと、お互いに再び距離を取るのだった。


マンチ「うへへへ、手加減してるとはいえ、おもしろっ」

ウーガー「うががが、ほんっとふざけたねーちゃんだな」


 お互いがお互いを見て2匹の獣が笑い合う。

 エスペラ隊員を既に3人沈めた化け物と、その化け物を余裕で相手する戦闘狂人じみた怪物。

 お互いに牽制し合うように相手の出方を伺うのだった。


 一方遅れていた魔王達も、ようやく闘いの現場に到着する。


魔王「はぁはぁ・・・」


 魔王は息消えを起こしながら両膝に手を添えると、前のめりになり乱れた息を整える。そして、顔を上げるとウーガーと交戦してできたであろう戦いの傷跡を見るように視線を動かす。

マンチとウーガーが距離を取り、笑い合う姿を確認した後、地表に降りたエジが抱えるセルカークに気づくと、魔王は血相を変え大きく口を開くのだった。


魔王「ね! ネコ子ぉぉおお!!!」

ルー、チー「「ねこ、こー???」」


 ルーとチーは魔王の大きな口から漏れた言葉に声に、お互いに顔を見合うと首を大きく捻る。ルーとチーがお互いに首を捻る中、魔王はセルカークの元へ一目散に駆けていく。


アビシニア「ら、ラグさん! カーク!!」


 魔王と同じタイミングで倒れている者に気づいたアビシニアも、魔王の後を追うようにしてエジの元へ駆けていく。

 魔王は自身の乱れた息を忘れるほどに、エジに抱えたれたセルカークの元へ急ぐと目を瞑ったままのセルカークに、優しく触れながら大きく声をかける。


魔王「ネコ子!! ネコ子!!」

エジ「ね、ねこ、こ?」


 エジはセルカークと巨躯のラグドーラを看病していたが、血相を変えた魔王の言動にキョトンとした表情で魔王に顔を合わせる。

 エジが見た感じ魔王は明らかに動揺しており、セルカークに触れる手どころか体全体が震えているのだった。

 エジはその様子に首を捻りそうになるのだが、魔王は顔を合わせたエジに詰め寄ると泣きそうな声でエジに問いかける。


魔王「ネコ子は・・・ネコ子は無事なのか・・・? ネコ子ー・・・」


 崩れ落ちそうになるくらい魔王は血の気の引いた深刻な顔でエジに顔を合わせてくる。

 正直エジは何がなんだかわからないという表情で魔王を見つめる。

 何故、魔王がセルカークを知っているのかも分からないし、人を違えているとも思えない。

 それに先程から魔王が連呼する「ねここ」と言う言葉の意味が、愛称だとは思うのだが正直エジには全くわからないのだった。


 魔王が酷く動揺し、エジがポカンとした表情をする中、エジに抱きかかえられているセルカークの目がうっすらと開く。


セルカーク「・・・ゃ」

エジ「カー・・・」

魔王「ネコ子ぉぉ!」 


 エジの声をかき消すほどに魔王は叫ぶと、セルカークにすぐさま顔を寄せる。

 最早エジには理解不能で、何故隣にいる先程あったばかりの男が自分の仲間の容態をこんなにも心配し、酷く狼狽した顔を見せるのか全然わからなかったのである。


セルカーク「・・・にゃ」


 顔についた傷のせいかひどく弱々しい声を発するセルカークだが、魔王をぼやけていた視界に捉えたのだろう。

 魔王に弱々しく伸ばした手で触れると、負傷した右目を閉じながら微笑むのだった。


魔王「ネコ子ーー!! 良かったぁあ!」


 魔王はセルカークをエジから奪い取ると、抱き上げるようにして優しく微笑む。

瞳にはうっすら涙が浮かぶ程に安心した顔を魔王はセルカークに見せるが、エジは理解不能というより完全に置いてけぼり状態で、声をかけようにも掛けれない、

全く開くことが出来ない口で苦笑いするのだった。

最早魔王とセルカークの関係は、エジにとってどうでも良くなっていたのだった。


魔王「なあ、極太眉毛。ネコ子の怪我は治るのか?」


 魔王はセルカークを抱き上げながら、エジに顔を寄せる。


エジ「あ、あ、ああっ・・・」


 エジは一瞬今までの出来事にたじろくが、すぐに気を取り直す。


エジ「意識もあるし、核は傷ついてねー、母船に戻ればすぐ治療できる」

魔王「ほんとか?! なら、早く戻るぞ!」

エジ「い、今は! あいつがいるから俺は戻れねーぞ!!」


 エジはマンチと以前にらみ合うウーガーを右手の2本指で指差す。

 エジは母船への転送技術を使うにもウーガーが邪魔になることを知っていた。

今でこそマンチが動きを止めているが、転送する際に気づかれた場合、もしかしたらウーガーごと母船に転送してしまうのを危惧してのことだった。それにウーガーと相対してみて、いくら最強角のマンチとはいえ、すぐにでも自分が加勢に加わらなければならないと思っての発言だったのだ。


が、魔王はエジに発言に顔を紅潮させると、激怒するように大口を開く。


魔王「ネコ子は怪我しているのだぞ!! 何を悠長なことを言っておるんだ!!」


 魔王はエジに唾がかかる程に接近し、声を荒げる。


エジ「お、俺も! 戻りてーけど戻れねーだろ!! 仲間に救援は頼んである。直ぐに増援が・・・」


 エジが全容を語る前に、魔王は抱き抱えていたセルカークをエジにそっと手渡すと、立ち上がりウーガーを見つめる。


エジ「あっ? お前ーーー」

魔王「俺があいつを止める。だから、お前はネコ子を連れて母船に帰れ」


 エジは踵を返した魔王の背中を見ながらポカンと大きく口を開け、目を見開く。


エジ「お、お前じゃ無理だろ。あいつは正真正銘のバケモン・・・」


 またしても魔王はエジの話も聞かずに、遂にはウーガーの元へ歩き出すのだった。


エジ「ば、馬鹿野郎! お前には無理に決まってんだろ!」


 エジはセルカークを片手で抱き上げながら魔王に手のひらを広げた腕を伸ばす。

止まれ、行くなというエジの意思表示だが、魔王は振り返りもせず、

合図も、声も、聞こえなかったと言わんばかりにズカズカとウーガーへ進んでいくのだった。


エジ「こら! 話を聞けや!!」


 エジは再度魔王に声を掛けるがまたしても無視される。

 声が聞こえてないわけ無いのだが、困惑したエジはアビシニアに顔を合わせる。


エジ「・・・あ、アビー! あいつを止めろ!! 死ぬぞ!」


ラグドーラの容態を見ていたアビシニアは、エジの言葉におろおろと魔王とエジを見返した後、魔王の側にいるルーとチーに声をかける。


アビシニア「る、ルーさん! チーさん!」


アビシニアは魔王に連添うように行動する二人に声をかけたが、ルーはニコニコした笑顔でアビシニアに手を横に降る。


ルー「大丈夫だから〜。マーちゃんの好きにさせてあげて〜」

チー「僕らも見てますんで」


チーは笑顔で額につけた2本指を前に出し、アビシニアに「じゃ、そういうわけで」とでも言っているように合図すると、再び魔王の側と共に歩いて行くのだった。


アビシニア「ど、どうしましょう、エジさん? ま、マンチちゃんもあの状態だし・・・」


 アビシニアは不気味な笑い声を挙げ続けるマンチを眉を垂らした心配そうな顔つきで見つめる。


エジ「アビー。カークの事、頼んでいいか? もうじきリカも来るはずだ」


 エジはアビシニアに顔を合わせると、自身の上着のベストを脱ぎ、枕のように丸める。そして、ゆっくりとセルカークの頭を自身の抱える手から丸めた上着に乗せるとアビシニアに顔を合わせる。


アビシニア「え、ええ。エジさんは?」


エジ「俺があの馬鹿を止めるしかねーだろ・・・」


 エジは両目を掌で覆うと、手のひらの隙間からうんざりとした目つきで魔王を見つめる。以前堂々とウーガーに向かっていく魔王に、エジは溜め息を漏らす。


アビシニア「で、でもエジさんも怪我を・・・」

エジ「問題ねーよ。これでも丈夫な方なんだ」


 アビシニアはエジの体調を気にするが、エジは自信の胸を拳で何度か叩くと、アビシニアに微笑む。


エジ「頼むな、アビー」

アビシニア「エ、エジさん・・・」


 エジはアビシニアに軽く頭を軽く下げると魔王の後を追うのだった。



 ウーガーとマンチに場面は変わる。

 以前にらみ合う様に膠着していたウーガーとマンチの二人だが、互いに顔を見ながら不気味に笑い合っていた。


マンチ「うへへへえ、そろそろやっちゃてもいいですかねーー?」

ウーガー「うががが、ビビってんじゃねーかと思ってたぜ」


 マンチの煽り文句に、ウーガーも笑い声を挙げ煽り返す。お互いに笑い声を挙げながらの挑発だが、マンチはウーガーを片手の人差し指で指差すと小馬鹿にしたように口元を左手で覆う。


マンチ「馬鹿言わないでくださいよ。あんまり早く片付くと嫌なんで・・・」


マンチは煽るように顎を前に突き出すと、小馬鹿にしたように笑う。


マンチ「はんっ。あなたがきちんと動けるようになるまで待ってるんですよ。マンチやっさしー」

ウーガー「泣かすぞ、クソガキが・・・」


 マンチの挑発に、ウーガーが歯を軋ませた時ーーー


魔王「待てぃぃー!!!! ウーガー!!!!」


 突然ウーガーの近くまで来ていた魔王の声があたりに響く。

 思いっきり息を吸い込んだ後に吐き出したような馬鹿でかい声量に、ウーガーとマンチは魔王に嫌そうな顔を合わせる。


ウーガー「また、おめーかよ・・・」

マンチ「魔王。今回はマンチ引きませんからね」


 ウーガーは顔を尖らせ魔王から視線を外す。マンチも腰に両手を当てると、お互いが飽き飽きしたよう表情で苦言を呈すのだが、

 魔王は二人の表情などお構いなしにウーガーに向かい歩いていくのだった。


魔王「ウーガー頼むから引いてくれ! ネコ子を病院に連れていきたいんだ」

マンチ「ね、ねここ?」


 魔王は真剣な表情で叫ぶ。

だが、マンチは意味がわからないという表情で眉を垂らすと半開きの口を披露する。

ウーガーに至っては、片目に力を入れ瞳を尖らすと確実に不機嫌になった口調で返答する。


ウーガー「あぁん?」

魔王「ネコ子が怪我をしている。お前がいると治療できんそうだから、引いてくれ」

ウーガー「あぁん? お前何言ってんだ?」

魔王「引いてくれ! 頼む!!」


 魔王はウーガーに真剣な顔つきで懇願した後、自信の頭を深々と下げた。

 魔王がウーガーに頭を下げる中、マンチは魔王の後ろから声をかける。


マンチ「ね、ねここって誰です? もしかしてセルカークさんのことですか?」


 マンチの質問に、魔王は頭を上げマンチを振り返る。


魔王「ネコ子は、ネコ子だ!」

マンチ「意味わかんないです、魔王・・・」


 マンチは本当に呆れたような顔つきで魔王を見つめる。

ただ、またしても途中で戦闘を止めた魔王に、イライラが募ると、癇癪を起こしたようにその場で体を大きく動かすと地団駄を踏むのだった。


マンチ「もーーー、本当に邪魔なんで魔王あっち行っててください!」


 マンチはビシーっと指を真っ直ぐに伸ばすと魔王にあっちいけと合図する。

が、魔王はすでにマンチから視線を外しており、ウーガーに顔を合わせると再び頭を下げるのだった。


 マンチは魔王の言動に苛立ちを隠せない。

しばらく魔王を見ながら荒い鼻息を吐くと、魔王の自身への乱雑な扱いに怒りからか顔を震わせる。


マンチ「…むかつくんですけど」


 マンチが魔王に無視され苦言を呈すが、魔王は相変わらずウーガーしか見ておらず、しきりに頭を下げるのだが、ウーガーが聞く耳もたんと言いたげな表情でそっぽを向く。


魔王「頼む! 今回だけは引いてくれ、ウーガー。この通りだ」

ウーガー「・・・・・・」

魔王「頼む」


 頭を何度も下げ、終いには自分に懇願するように掌を合わし始めた魔王に対し、

ウーガーは荒い吐息を吐いた後に、大きく息を吸い込む。蓄積された魔王の今までの言動に、イライラがピークに達したのか、遂には声を荒げるのだった。


ウーガー「引けるわけねーだろうがぁああ!!!」


 何度も頭を下げ懇願する魔王にウーガーは怒気を混ぜた顔で睨む。

大声での叫び。嫌悪の目。威嚇する態度。

ウーガーが怒っていることは明白であり、あたりの木々を揺らすほどの怒声にしても、たびたび場を乱し、自身の気持ちをないがしろにする魔王に対し、鬱憤が溜まっているからだった。


 ウーガーと魔王は互いに見つめ合う。

 ウーガーが嫌悪の気持ちを露わにしながら睨もうが、魔王の自分を見つめる真剣な眼差しが変わることはなかった。ただ、真っ直ぐに自身の瞳を見てくる魔王の視線に、少しだけウーガーは戸惑っていたのだった。


 だが、二人の間に思わぬ邪魔が入る。

ウーガーと魔王がすれ違う中、ウーガーの怒気に触発された者が一人現れるのだった。

マンチは再び思い出し笑いするように不気味な笑い声を上げはじめた。


マンチ「う、ウへへ。・・・ですよねー。・・・ですよねーー!!」


 マンチは焚きつけるように徐々に声量を上げていくと、低い身長ながらウーガーを見下すようにして顎を上げる。


マンチ「もう引けないですよねーー!! マンチもそうですよーー!!」

ウーガー「うががっ・・・俺は」


 突然煽ってきたマンチにウーガーも笑い声を上げた。

そして、目の前にいる魔王から視線を外すと、マンチに顔を合わせる。


ウーガー「そう、いってんじゃねーか!!」


 お互いが互いに威嚇と挑発が再び始まると、ウーガーは目の前にいる魔王を押しのけ身構える。対するマンチはガクンと首をいきなり下げると、力を抜いた腕をダラリと下に下げる。

 下に向けた拳が地面にくっつきそうな位の前傾姿勢で身構えると、相手を見ぬままに呟き始める。


マンチ「・・・C2、N2、2CO2」


 マンチは俯いたまま呟き終わると、その瞬間マンチの体から沸騰した蒸気のような湯気が溢れ出る。

 体液が沸騰したような湯気を纏ったマンチはゆっくりと少しだけウーガーを見るように顔を上げる。


マンチ「アンパサンド、拳」


 突然漂っていた蒸気が炎に変わると、マンチの両の拳を起点に桃色の炎吹き出す。

ダラリと垂らしていた両手をマンチは挙げると、片方の腕を前に出し、もう片方の手を胸元で構える。

殴りつけるような体制になったマンチは、ウーガーを標的に身構える。


マンチ「超ぉあっついんで、・・・気をつけてくださいねー」


マンチの顔は、傍から見れば、もはや狂人としか呼べず。

開ききった眼を不気味に光らせ、三日月のような口で笑うのだった。


ウーガー「お前こそ気をつけろよ。・・・今からお前は・・・」


ウーガーはマンチを指差し会話を返すと、スッと瞳を閉じる。

戦闘がいつ始まってもおかしくない状況だが、思考するように瞳を閉じたウーガーは、息を大きくはいた後、自身の瞳を見開く。


ウーガー「俺の敵として認識する」


 ウーガーはマンチを敵として断言し、高い身長から睨むようにして見つめた。

その瞬間。

 周囲にいた皆がウーガーの周りの空間が歪み始めるような感覚に陥る。

ウーガーを起点に歪むような空間は、辺りを飲み込むように侵食していく。

この場にいてはいけないと思えるほどの黒い死の感触を漂わせ、ウーガーは地面に突っ立つ。

例えるなら黒い炎を全身に纏った死神に見える程の錯覚。

周りにいた鳥は警告を促すように飛び立ちながら吠えるのだった。


マンチ「そうこなっくちゃ・・・」


 マンチは喋りながら自身の体を前に傾けると地面を踏抜くように爪先に力を込める。


マンチ「マンチに全力くらいださせてください、ね!!」


 マンチがウーガーに攻撃しようと地面を全力で蹴る瞬間だった。

ウーガーに飛び込もうとしたマンチの胸を、魔王は「止まれ」と動きを制止するように触れる。

マンチに比べると非力ながら自身の手のひらを広げると、両拳に炎を纏う狂人とかしたマンチを止めるのだった。


マンチ「ま、魔王!! 今は本当にだめですよ!」


 マンチは慌てたように自身の両手を後ろに引き、背中に隠す。


マンチ「超高温4600度の炎をマンチ纏ってるんで溶けちゃいますよ!!」

魔王「この右手で止めれれば、安いものだ・・・」


 魔王は燃え盛る手を引いてくれたとはいえ、以前両の拳から桃色の輝きを放ち続けるマンチの胸に触りながら優しく微笑む。


マンチ「あ、あの、魔王。・・・マンチ、胸ずっと触られてるんですけど・・・」

魔王「ふん。この右手で止めれれば、安いものだ…」

マンチ「それは言葉の使い方が違うんと思うんですけど…」


 マンチは鼻から息を漏らし優しく微笑む魔王に、呆れたように首を傾けると魔王と少し距離を取り、背中に隠した両手を前に出すと下に勢いよく振り下ろす。


マンチ「もーーーーー!! ホントやだ! 魔王!!」


マンチは口元に持っていった両手を上下させ、ジタジタと脚で地面を蹴るのだった


*** 


ルーとチーも二人の様子を見てお互いに顔を合わせる。

ルー「も〜、マーちゃんセクハラで宇宙裁判にかけられるじゃな〜い?」

チー「ふふっ。そうかもね」

ルー「どうする〜? チーちゃん。私達も訴えとく〜?」

チー「ふふっ。その時は一緒に訴えちゃおうか」


ルーとチーは余裕なのか、肝が座っているのか、はたまた魔王の扱い方に慣れているのか

会話を交わしながら笑い合うのだった。


***


 魔王はマンチが駄々をこねる中、こちらを見ながら殺意を放ち続けるウーガーに顔を合わせる。魔王はウーガーの圧に臆することなく瞳に力を込めると、ウーガーから視線を外さずに瞬きもせず近づく。


ウーガー「はぁー・・・」


 自分に近づいてくる魔王を見た時、ウーガーは眉間に拳を当てると俯き加減で溜め息を漏らした。


魔王「頼む」

ウーガー「効かねーって言ってんだろうが!」


魔王は更にウーガーに近づく。


魔王「頼ーー!!」

ウーガー「嫌だっつてんだろうがぁああ!!!」


 ウーガーは威嚇するように声を荒げるが、魔王は決して引かない。

 威嚇されようが、威圧されようが、その瞳に宿した光は消えない。

何者にも臆さず、物怖じず、自身の中に点った信念を疑念に変えぬように、

ただ、真っ直ぐとウーガーの瞳を見つめる。


魔王「頼むーーー!!」


魔王は大声で叫ぶと大きく頭を降るようにして下げる。

ウーガーは苦笑いを通り越し、鼻の頭を引くつかせた後、溜息ではなく、何度自分が言っても同じことを繰り返す男に、はち切れんばかりの怒りを吐くように大きく息を吐く。


ウーガー「ふぅぅーー・・・」


ウーガーは大きく息を漏らす。

正直目の前の男の対応に困ったのだろう。

何度威嚇しようが、引かない、聞かない、曲げない、押し通す、目の前にいる魔王に万策付きたと言うのが本音だった。

ウーガーは尖りきっていた瞳を俯かせるようにして魔王から視線を逸らす。


目の前の男に相当調子が狂ったのだろう。

イライラと地面を細かく蹴ると、ギザギザの歯をすり合わせるように歯ぎしりをする。

ウーガーは視線を地面に下げるが、突然自分のボロボロのローブの胸元を両手で掴まれ引っ張られる。

数秒後、ウーガーの分厚い胸板にコンっと少しの衝撃が走る。

ウーガーが顔を上げると、魔王が自身の胸に額を付けていたのであった。


ウーガー「・・・気持ちわりーな、お前はー」


 ウーガーは嫌そうな顔で魔王の頭を引き離すように右手で押し出そうとする。


魔王「・・・もう、俺は理不尽な死に耐えられそうにないんだ」

ウーガー「・・・」


 魔王の深刻さを増した声にウーガーは黙り込む。

耳元で囁くような声で言われた事も、自身が知る魔王の肖像とずれて見える。

大声で「頼む!」一点張りだった男にしては、とても潮らしく珍しく思えてきてしまうのだった。


魔王「・・・弱い男ですまん。・・・引いてくれ」

ウーガー「……ちっ」


 ウーガーは歯を軋ませるようにして、舌打ちを返す。しばらく葛藤するように悩んだ後、魔王に顔を合わせた。

 以前、頭を俯かせ、弱々しくも、悲しくも微笑む男に、ウーガーは叫ぶのだった。


ウーガー「ぁぁああーーー!!!」


 ウーガーは喚き散らすような声を挙げると、俯いたままの魔王を押すようにして引き離す。

魔王が顔を上げた時、ウーガーは踵を返し、自身の背中を見せる。

魔王の顔を見ないように何も言わずに離れていくと、ボロボロのローブを肩に担ぐのだった。

魔王はその光景に一瞬微笑むと、再び大きく頭を下げた。


魔王「すまん! 恩に切る!!」


 ウーガーは魔王の言葉に振り返る事もしなければ、声を返す事もなかった。

が、魔王から離れたところで誰にも聞こえないような声でボソボソと小声で呟いた。


ウーガー「・・・何回もは聞けねー。・・・今回。今回だけだぞ、魔王」


 魔王はウーガーが去る間、頭を下げ続けた。

ウーガーの足跡が聞こえなくなった時、ウーガーの感覚が消失した時、

魔王はゆっくりと顔を上げる。


魔王「・・・ありがとな。・・・ウーガー」

マンチ「もーーー!!! マンチ、魔王のこと嫌いになりそうです」


 マンチが魔王に近づき苦言を吐く。だが、魔王はすぐさま反対方向を向くとセルカークに駆けていく。


魔王「ネコ子ぉぉおお!!!!」


 頭の中が1つの事でいっぱいなのか、はたまた聞こえていなかったのか、そもそも無視されたのか、全くわからないが、たびたび、ないがしろにされたマンチは珍しくボソリと苦言を吐くのだった。


マンチ「……もうほんと魔王嫌い。…マンチ推薦やめようかな・・・」











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