第7話 その目は全てを見渡す

エジの放った一言で、魔王の声はもはや冷酷なまでに凍ると、エジは見つめる瞳は尖る。

魔王のモノを言わぬ感情を乗せる瞳は、エジに向けて怒気ではなく殺気を放ち続けていた。


魔王「・・・・・・」

エジ「なっ! 何なんだよっ!!」


魔王の視線はエジの両目に固定されたように動かない。

エジが大きく声を上げようが、呼吸さえしていないように見える程に微動だにもしない。

ただ見つめ、ただ怒りを放つ。


魔王「お前の先程の言葉は本心か?」

エジ「ほっ! 本心かあ?! さっきから何が言いてーんだよ、テメーは!」

魔王「子守だの・・・女に守ってもらっているだのーーー」

エジ「ーーそうじゃねーか!! 自分で絡んできて挙げ句女に庇ってもらい、お前がーーー」


エジのまくし立てる様に放った、反論するような言葉が再び止まる。

先程から怒りを放つ魔王の瞳は更に大きく開くとエジを見つめる。

エジはゾッとする。それ以上に、自分の中を覗かれているような気分がして背筋が凍り、言葉が出ない程に詰まる。

そして、エジの額からツーと汗が流れた時、魔王の口は上下に動くのだった。


魔王「その言葉! 俺を本心から慕ってくれているこの二人にとって侮辱に映るぞ!!」

魔王はルーとチーの二人を手のひらで指し示す。

エジ「あぁん?」

魔王「お前は他者の気持ちが何もわからんのか?」

エジ「何が他者の気持ちだよ! お前の事なんか分かりたくもねーんだよ!」

エジは片目に力を込め、引き吊らせながら反論する。両者は至近距離で言い合うが、魔王もエジも怯まない。

首先にピタリとつけられたナイフも、体に向けられた銃口も気にならないという程にエジはまくし立てる。

魔王のことが余程気に入らないのか、態度と口調に嫌悪を表すと、魔王を至近距離から睨む。

ナイフも銃も恐くないエジだが、なぜだか目の前の男の圧には怯むように頭を後ろに下げてしまう。


魔王「ウーガーの話は聞かん・・・」

ウーガー「・・・・・・」

魔王の言葉にウーガーも無言でエジを見つめる。

魔王「俺には弱いだの難癖をつけるわ。ルーとチーの気持ちを一つも理解せんわ!」


魔王は徐々に声量を上げると、エジに顔を寄せる。


魔王「強者の言葉しか聞けない耳と言うなら、そんな腐った耳捨ててしまえ!!」


魔王はエジの耳を指で指し示す。


魔王「数値がどうだの言って小馬鹿にしていたが、弱いものは口も開くなということか!」

エジ「そ、そう言うつもりじゃ、ねーよ・・・」


エジは少し気落ちしたように言葉を返すが、魔王は首を少し傾けるとエジに更に問いかける。


魔王「お前、強さと弱さを履き違えてないか? 戦う力が無い者はそれだけで駄目なやつか?」

エジ「あ・・・」



エジは男の口元とアルコールを掴む手が脳裏に浮かぶ。


???「僕も強くなりたいよ、エジ」

エジ「いいんだよお前は、そのままで。そのままがいいんだーーー」


エジは思い出した光景に後ろずさりすると、魔王を見つめる。


エジ「なっ! 違う! 違う、それは違う!」


エジは脳裏に浮かび上がった想いから、魔王の言葉を必死に否定するように言葉を返す。


魔王「お前のさっきまでの言い分を聞けば、何も違わないだろ!」

エジ「いや、・・・違うんだ」


魔王の言葉にたじろぐエジを見て、ルーはエジの首筋に添えていたナイフを下ろすとニコニコした笑顔でチーに顔を合わせる。


ルー「チーちゃん。もう大丈夫だよ」

ルーはナイフを太腿につけたナイフホルダーにしまうと、チーの側にテクテクと歩いていく。

ルー「後はまーちゃんの好きにさせてあげて、大丈夫だから〜」

ルーのおっとりした声に従うようにチーも構えていた銃を下ろす。

チー「う、うん」

ルーはそのまま椅子に座ると、先程の続きを始めるように酒を飲みだす。

チーはまだ少しだけ不安なのか、銃口を下げてはいるがエジと魔王の二人を見つめる。


眉間にシワを寄せる魔王とは対象的に、エジはたじろくように太い眉をハの字に下げる。

違うと必死で身振り手振りで伝える様も、弁解するように喋る口も、戦う力が無い男の方が勝っているように見える。

エジに詰め寄る魔王だったが、情けなく下がったエジの眉毛を見て、不意に顔を緩め少しだけ微笑み声をかける。


魔王「そんな格好いい眉毛のくせに、情けない眉毛しやがってーーー」

魔王「楽しく行こーぜ。極太眉毛」


シャルト「楽しんでいこう。エジ」

エジの脳裏に微笑む友の姿が浮かぶ。

同時にアビシニアの脳裏にも同じ人物、自身の父親の姿が浮かび上がる。

二人が魔王の言葉に触発され、思い出した人物は友であり、父であり、偉大な人物として名高い今は亡き英雄シャルトの姿だった。


エジ「・・・シャル」

アビシニア「おとう、さん・・・」


魔王「シャル? お父さん?」

魔王は二人の言葉に驚くようにして、エジとアビシニアを交互に見直す。


魔王「ん? 俺がアビちゃんのお父さんに似ておるのか?」


魔王は自分を指し示すとキョロキョロとあたりを見回す。

その姿にアビシニアは微笑み。マンチとルーは笑い声を上げる。


アビシニア「えぇ、少しだけお父さんと重なりました」

マンチ「あっはは。魔王やっぱり面白いですね。マンチ高得点上げちゃいます」

ルー「チーちゃん。マーちゃんおとーさんって言われてるよ〜」

チー「んふっ。そうだね」


皆が笑い合う中、エジだけは体を震わせる。俯いた顔に次第に怒気を宿らせると、キッと魔王を睨む。

そして、左手で魔王の胸ぐらを再度掴み直す。


エジ「お前がシャルトと似てるわけ無いだろーが!!」


エジは右拳を力いっぱい握りこむと殴りつけるように後ろに引く。

弓を引くように後ろに下げられた右腕が魔王の顔目掛けて放たれようとした瞬間。

???「ストッープー」


エジの右腕はまるで巨大な何かに掴まれたようにギリギリと締め付けられると、全く持って動かない。

万力で締め付けられるというより、何かに固定されたように動かない腕にエジは女の声のした後ろを振り返る。


マンチ「ストップです。エジさん」


エジが後ろを振り返ると、瞬間移動したように自身の後ろに現れたマンチが右腕を掴み微笑む。

エジ「マンチ! テメー」

マンチ「ストップです」


マンチの声は冷淡に響く。エジを見つめる視線も氷ついたように冷えきると右腕を握り潰すと言わんばかりに締め付ける。


マンチ「マンチは魔王を仮保護対象として推薦します。この意味エジさんなら分かりますよね?」

エジ「なっ?」

マンチ「エスペラ10条。隊員自らの推薦があった場合、審議の結果を待つまでの間、対象を仮保護対象として扱う。ですよね」

エジ「あぁ!!」

マンチ「これで魔王を殴ったら軍法会議じゃすみませんよ」

エジ「っっ!! ・・・」


マンチの放ったダメ押しの言葉にエジは言葉を発せなくなると、頭を垂れるように下げる。

やり場のない思いがあるのだろう。悔しそうに瞳に力を込めると垂れた首を震えさせた。


マンチ「エジさん。ウーガーも私が見てるので、外で頭冷やしてきてください」

エジ「それはーーー」

マンチ「外に出ててください」


エジはマンチを睨むようにして見つめるが、マンチも引く気はないと言わんばかりに顔を反らさない。

しばらく両者が見つめ合った後、エジはようやく諦めたようにマンチから視線を外す。


エジ「わあっーたよ。なんかあったら必ず呼べよ」

マンチ「はい。もちろんです。エジ副官」


マンチはエジに笑顔で敬礼する。

エジは態度をイラつかせながらも、マンチの意見に従うように部屋から外へ出ていくのだった。


エジ「なんであの野郎がシャルと重なった・・・」

エジは独り言を言いながらも玄関を出ていく、外に出て花壇横にある石積に腰掛けると空を見上げる。

エジ「・・・シャル」


エジが出ていった後、部屋に残ったメンバーはお互いに顔を見合わせる。

ルーは相変わらず机で酒を飲み、チーは取り出していたライフルの手入れを行う。

ウーガーは何も言わず傍観していた。


マンチ「魔王。というわけで仮保護対象おめでとうございます」

魔王「う、うん。ガールは強引だな」

マンチ「ガールじゃなくて、マンチです、マンチ」


マンチはニコニコとした笑顔で魔王に近づいていく。


マンチ「・・・あと」


マンチは魔王の横まで歩みを進め、不意に魔王の頬に自身のつばを吐きかける。


魔王「...ガールは俺に喧嘩を打っておるのか?それとも宇宙的な挨拶かなんかか」

マンチ「勘違いしないでください。魔王弱いんでマンチの体液つけときました」

魔王「なんでっ?!」

マンチ「マンチ強いんでマーキングと思ってください。これで余程の生物歯向かってこないと思いますよ」

ルー「まーちゃん。やったじゃーん」

魔王「良くねーよ!! マーキングって・・・」


魔王はため息混じりの言葉を漏らす。ガックシと項垂れた頭は予想外すぎる出来事の対処ができないと言っているようで、

マンチの行動に少々困り果てていたという感じだった。


アビシニア「あのー、魔王さん」

魔王「うん? どうした、アビちゃん?」

不意にアビシニアに声をかけられた魔王。すぐにアビシニアに顔を合わせる。


アビシニア「お話を聞いてもよろしいでしょうか?」

魔王「あぁ、なるほどな」

アビシニアのウーガーをチラリと見る視線に気づいた魔王はウーガーに顔を合わせる。


魔王「ウーガー! お前も外に出ていてくれるか?」

ウーガー「あぁん?! 何でだよ?!」


ウーガーは声を荒げるが、魔王は全く躊躇せずに話を続ける。


魔王「少しだけこの娘達と話がしたい。花壇の花どれでも取っていっていいぞ。必要だろ」

ウーガー「お前・・・なんで・・・」

魔王「後で俺と話そう。俺も興味があるのだ。あの嫌われ者について」

ウーガー「・・・・・・」

暫し会話が止まる。ただ、魔王の憂いのある表情にウーガーは視線をそらすと吹き飛んだ壁の穴から外に向かい歩いていくのだった。


ウーガー「必ず話せよ! いいな!!」

魔王「ああ」


ウーガーは魔王に念押しした後、エジとは反対側の花壇に向かっていくのだった。


魔王「さて。では話そうか、あいつ。ウーガーについて俺が知っていることを・・・」

魔王はアビシニアとマンチを椅子に座るよう促すと、ウーガーについて話し始めるのだった。

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