第5話 強襲

 エジの放った爆発的な光線のようなものは部屋ごとウーガーを消し飛ばす。

エジは光線を放ったあと、再度リロードするように右腕をスライドさせるように引くと、マンチは自身の周りに球体のフィールドを展開させる。

アビシニアはエジの突然の行動、鳴り響いた轟音に驚いたように片耳を手で抑えた。


アビシニア「え、エジさん?」


エジ「アビー! 油断するな。これでくたばってくれれば幸いだが・・・」


 エジは尚も気を引き締めるように視線を尖らせる。


マンチ「ですよ! アビシニアさん! あいつ普通じゃないです。へへっ」

 

 マンチは何故か嬉しそうに笑う。


マンチ「機器の故障じゃなかったんですよー・・・。あいつアナリティクスが3万示してます」

エジ「なっ!」 アビシニア「・・・」


マンチは俯き加減で口角を不気味に歪め笑う。


マンチ「ふへへっーーー」


 マンチは顔をあげると先ほど魔王達に見せたゾッとする視線を見せる。


マンチ「おもしろ。体液沸騰しそう」


 マンチはスッと力を抜くと戦闘態勢に入るように拳を握る。


エジ「マジかよ・・・。マジモンのバケモンじゃねーか」


エジが顔を歪め、汗を滴らした瞬間。魔王はマンチの肩に後ろから手をポンと置く。

マンチ振り返る。


マンチ「魔王?! 危ないから―――」

魔王「―――玄関は壊す・・・」


 魔王はマンチの前に出る。

マンチ「へ?」


魔王の言動にマンチは呆気に取られ、少し毒気がぬける。


魔王「―――挨拶はせん」


 魔王は歩みを進める。そして、その視線には怒気が宿る。


魔王「―――あげくに部屋を吹き飛ばす」


魔王は歩みをどんどん進めると、エジの横に行き、蹴りを入れる。


魔王「おい、おっさん」

エジ「・・・?」


 魔王の蹴りではエジは微動だにしない。だが、何事かと魔王を振り向いたエジの胸ぐらを魔王はつかむ。


エジ「おま―――」

魔王「子供の前でいきなり喧嘩をおっ始めるとは何事だぁ!!! 恥を知れぇ!!!」


 魔王はエジを激昂する。エジは訳がわからない。目の前にいる魔王は間違いなく自分に激怒しているのはわかった。

ただ、蹴られた感じから察するに、どうしても魔王が強いとは思えない。だが、どうしても無視できなかった。

眼の前にいる男の圧、凄むような眼力と醸す雰囲気はエジにはそらすことができなかった。


 エジ「・・・? こ、こど―――」


 エジが「訳がわからない」と言わんばかりにキョトンとした表情で首を傾げた瞬間。吹き飛ばされたウーガーが部屋の外から突然姿を表す。形相はもはや道理のない獣と呼ぶにふさわしく、エジに飛びかかろうと振りかぶった右腕に力を込める。


アビシニア「エジさん!!」


 アビシニアは体を前に出すが、とっさのことに間に合わない。

 エジは一瞬のことに対応が遅れる。

だが、魔王は分かっていたように手の平を大きく開き、顔の横にして飛びかかろうとするウーガーに向ける。


魔王「待てウーガー!!」

ウーガー「!!」


 ウーガーは魔王の一際大きい声、そして、攻撃しようとしたエジをかばうような腕の動きに、急ブレーキを掛けたように止まると上半身を後ろにそらす。


ウーガー「てっ―――」

マンチ「・・・あちゃー。魔王のせいでカウンター入れそこねちゃいました」


 エジがゆっくりと魔王の後ろを見る。

 そこには何故か離れた位置にいたマンチがウーガーと魔王の間に割り込むと、ウーガーに向け上段のけりを放っていた。

ビタっと止まったマンチの足先は金属の機械的な具足に覆われ、青白い微小な回路のような光を放ち続ける。マンチのケリの風圧はウーガーの髪を揺らし、足が描く軌道の直線上にある壁を粉微塵に消し飛ばしていた。


ウーガー「・・・へー」


 マンチは蹴りあげた足を床につけると、ウーガーに引きつるような笑顔を見せ、笑う。ただその笑顔とは裏腹にマンチがウーガーに放つ殺気はどんどんと歪さを増していく。

道理のない獣二人が、お互いだけを見て睨み合う。


マンチ「うへへっ。マンチとやりましょうよ。マンチと」

ウーガー「俺は誰からでもかまわーーー」

魔王「マンチ! ハウス!!!!」

マンチ「ヒユっ!!」


 魔王は後ろを振り返らずに、ウーガーの声をかき消すようにマンチを一喝する。

突然放たれた部屋中に響く声に、マンチは意表を突かれたのかビクッと体を揺らす。


 マンチ「・・・は、ハウスー? 魔王! マンチ、ワンちゃんじゃありませんよぉ!!」


 マンチは魔王を振り返ると、魔王も首だけを横に動かすとマンチを振り返る。

振り返った魔王の眼前では、マンチが丸めた両手を可愛らしく上下にふっている。

先程までのマンチの雰囲気とはまるで違い、狂ったように見えるほど開いていた瞳孔も、冷たく尖るような声も消え失せ、魔王に向ける顔は年相応の女の子のように感情豊かで、頬を膨らませる姿は少し子供っぽくも映る。

魔王はその姿を見て、子供を見ているように優しく微笑む。


魔王「お前は、わざわざ可愛い顔を歪めるな」

マンチ「もぉぉーーー! マンチ、魔王が居ると調子が狂うぅーー。せっかく面白くなりそうだったのにぃーーーぃぃ」


マンチは地団駄を踏むようにして、イーッと口を歪め、悔しがるように瞼を強く閉じる。


 ウーガーも魔王の行動に呆気にとられていたが、フッと息を吹き返すように止まっていた時間が動き出す。


ウーガー「て、てめー!! 一体どういうつもりだ!! 死にてーのか」


魔王「出来もせんくせに言うな!!!!」


詰め寄ろうとしたウーガーだったが、魔王は今度はウーガーを一喝すると睨む。


ウーガー「なっ!」


魔王「お前はやりたくても、やれんだろう。…違うか? ウーガー」


ウーガー「…あぁ? お前何言ってやがる?」


 ウーガーは魔王の言動が理解できず片目を歪めるようにして睨む。だが、魔王は威嚇されているにも関わらずウーガーを見据えていた瞳をゆっくりと閉じる。


魔王「理由。縛り。ルール。なんとも形容し難いが言われんでもわかるよ」

ウーガー「…お前。…なんで」


 魔王の言動にウーガーも意表を突かれたのか、会話後に顔つきが変わる。

荒ぶっていた口調は止まると、自身の口から漏らす言葉は反発から疑問に変わる。

自身の眼の前にいる魔王と名乗る男。この男に対し、疑問が湧き出るのと同時に、底しれぬ何かを感じざる負えないのだった。


魔王「少しだけ待っていろウーガー。後で外でやるぶんなら、もう止めはせん。勝手に殺し合え!」

ウーガー「・・・っつ」


ウーガーの声にならない声を漏らすと上を向く。


ウーガー「ああーー、わーったよ」

ウーガーは少しふてくされたように魔王から視線を外す。自身の気持ちを抑えるように前髪をかきあげた手を、項垂れた自身の後頭部に添えると瞳を閉じ、何度も掻くのだった。


魔王「恩に着る。ウーガー」

ウーガー「どういたしまして、だっ!! 魔王様!」


ウーガーの吐き捨てるような言葉と、どうしようもないと言わんばかりの顔に魔王は微笑みを返す。


 二人が落ち着いたおかげで、少しだけ和むような雰囲気が漂う。

ウーガーは呆れたように溜息を吐き続け、マンチは魔王の前で駄々をこね続ける。睨み合っていた獣二人がお互いに背中を見せ合う。

エジとアビシニアは魔王が作り出した不思議な光景を呆然と見つめる。

猛獣の手綱を握っているようにも見える魔王の姿。

それは、エジとアビシニアの二人に、とある男の幻影を薄っすらと思い起こさせるのだった。


 幼いアビシニアはニコニコと笑みを浮かべ男を見る。アビシニアの傍らにいるエジとリカンシも同じように口角を緩め男を見つめる。

???「アビー。おいで」

アビシニア「はい」

清涼感のある男の声。愛称を呼ばれたアビシニアは嬉しそうに返事を返すと、満面の笑みを浮かべ男に近寄る。

???「エジ。リカンシ。意見が合わないのはしょうがない。だけど、喧嘩ばっかりはダメだよ」

エジ「おう」 リカンシ「うん」

 男は口角を緩め微笑む。

???「――――――」


エジとアビシニア二人に浮かび上がった光景は幻のように消えさり、最後に男が発した言葉は耳を塞いだように聞こえない。

眼前に居たはずの男の幻影は消え去ると、二人の視界に映るのは魔王の後ろ姿という現実。

二人は幻とは似つかぬ魔王の姿を呆然と見つめるのだった。

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