5.嵐の前の静けさ

「あんな無責任なこといってよかったのですか? 紫苑様」

「んー? なんだ、起き抜けに……」

 魁閻が黒葬宮を去ってから数刻後、仮眠から目覚めた主人にマオが尋ねた。

 昇っていた太陽は既に沈み、間もなく夜の帳が降りようとしていた。

「死妃は王政に口を出さないのではありませんでした?」

「うむ。政には興味はない。だが……死に関することであれば話は別よ」

「貴女様は本当に『死』がお好きですね」

「それくらいしか楽しみがないからなあ」

 大きな欠伸を零しながら紫苑はにんまりと笑う。

「紫苑様は此度の跡目騒動、どうお考えなのですか?」

「魏魁閻が駒なのは確かであろう。だが、問題は彷徨う二つの魂の行方と、あの呪いだ」

「まだ人が死ぬ……と」

「あの皇子は確実にまた命を狙われるだろうからな」

「それは即ち呪いが広がるということ。みすみす宮にお返ししてよかったので?」

「餌もある程度泳がせなければ獲物はかからないだろう。それに私も少し休みたかった故」

 本命は後者か、とマオは苦笑を浮かべながら紫苑が大切にしている針や札などの備品の整理をはじめていた。

「そういえば、先程の侍女たちはどうなった」

「皆、あの後無事に目覚めました。一名のご遺体含め、香笙殿がお迎えにいらして皆帰っていきました」

「そうかそうか。それはよかった。亡くなった者の魂も、無事あの世へ旅立てたのだからな」

 マオから報告を受けた紫苑はそれは満足そうに微笑んだ。

 実はそれには補足があり、目覚めた四人の侍女たちはここが黒葬宮だと知った途端に「死神に殺される!」と腰を抜かしていたのだが――それは別に主人に伝えることでもないだろう、とマオは言葉を飲み込んだ。

 だが、もう一つは――。

「亡くなった侍女に関してですが」

「ん?」

「いえ。確証がないのでお伝えすべきか悩んでおりましたが――火葬場から煙が上がっていないのですよ」

「――は」

 マオの言葉に紫苑は目を丸くした。

 この魏游国では火葬が主流とされている。

 亡くなった後、しっかりと弔いを行い速やかに火葬するというのが一般的な葬儀だ。

 後宮でもそれが当たり前で丁度黒葬宮の窓から火葬場の煙突が見え、そこから立ち上る煙を眺めるのが紫苑の趣味となっていたのだが――。

「それは誠か、マオ」

「ええ。私も水汲みなどで宮を一時離れていた時がありました故、絶対とはいいきれませんが」

 すると紫苑は寝台から飛び起き、慌ただしく身支度を整えはじめた。

「まずい。それはまずいぞ」

 まずいまずいと呟きながら、紫苑はマオから諸々の道具をひったくる。

「紫苑様、一体どちらに」

「魁閻のところだ。もう日が暮れた、早く手を打たねば」

 珍しく慌てている紫苑にマオもただごとではないと悟り、眉を顰めた。

「なにか問題でもあったのですか」

「其方にはまだ教えていなかったな。この国で人が亡くなった後、速やかに火葬される理由を」

「死にまつわることなのですか」

 漆黒の外套を羽織り、扉に手をかける。

「それは魂が抜けた亡骸を悪しきものたちが悪用しないようにするため」

「――なんと」

「もし誠に明鈴の亡骸が火葬されていないというのであれば……魁閻の身が危険だ」

 夜の闇に溶け込むように真っ黒な衣服に身を包んだ二人は外へかけ出した。

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