6.迫る危機

『帝になれ、魏魁閻。全ての死を跳ね返す不死身の王はなんてとても面白そうではないか』


 その夜、魁閻は紫苑の言葉を思い出しながら自室の寝台に寝転んでいた。


「王になれなど……あいつも簡単にいってくれる」


 今日は怒濤の一日だった。

 意を決して謎多き『死妃』を訪ねていけば、朝まで寝ずに刺青を見られ。かと思えばこのままでは自分のせいで後宮の人間が全員死ぬと脅され、死にかけた侍女が集められたかと思えば尸蟲退治――。

 濃厚過ぎてまるで夢でも見ていたかのようだ。

 どっと疲労感に襲われ、体は睡眠を欲しているというのに頭だけはどうにも冴えている。

 壁を向くよう何度目かの寝返りを打ち、眠れもしないがとりあえず目を閉じた。


(このまま刺青に体を呑まれれば、ここにいる全ての人間が死に絶える)


 醜い跡目騒動が後宮に暮す者たちの命を脅かしていると思うだけでなんともいえない苦しさに苛まれる。

 今まで欲目なんて一切なかった。


(俺は死んでもよいと思っていた)


 一月前、毒に倒れたときだって誰かに殺されるのであればそれでもよいと思っていた。


『魁閻! ああ、魁閻! よかった、無事で――』


 苦しみから解放され、目を開けるなり飛び込んできた母の安堵した顔が今でもこうして瞼の裏に鮮明に蘇る。

 死んだと思っていた。けれど、まるで母に呼び戻されたようだった。でも、あの嬉しそうな悲しそうななんともいえない表情を見てほっと安堵した自分もいた。


(呪われた皇子と呼ばれるのであれば、自ら死のうと思った)


 だが、それからすぐ魁閻の周囲で人が死にはじめた。

 跡目争いなどくだらない。そんなに皆が自分の死を望むというのであれば、自ら死んでやろうと思った。けれど、死は魁閻を拒絶した。

 今でも死にたいと思っている。だが、そのせいで罪なき人が苦しみ死んで、また死の連鎖が続いてく。

 それならば、それを防げるというのであれば――。


「――やめておけ」


 低い声で魁閻が呟けば、彼の背後で何者かが動きを止めた。

 魁閻がゆっくりと身を起こすと、暗がりの中に人影一つ。大きさからして恐らく女。振り上げた手には短刀がきらめいていた。


「やめておけ、そんなものでは俺は殺せない」

「死ね、魏魁閻。私はお前を殺す」

「命ごいなどではない。俺を殺そうとすれば、お前も死ぬ。だからやめ――」


 制止の言葉は無駄だった。

 魁閻が言葉を言い終わる前に刺客は襲いかかってきた。寝台に深々と刃が突き刺さる。

 その衝撃で枕元に置いてあった灯が倒れた。それはころころと刺客の足元に転がりその姿を照らし出す。


「――な」


 その姿を見て魁閻は息をのんだ。


「お前……死妃に看取られ死んだはずではなかったのか!?」


 そこにいたのは明け方確かに紫苑に看取られ息を引き取った明鈴という侍女だった。


「死、ネ。シネ。しねえ……しね、しねええええええ!!」


 髪を振り乱し、歯を剥き出しにして叫ぶその姿はまるで獣のようだった。

 いや……獣よりもっと恐ろしい。その顔は生気がなく、まるで怨霊のようにも見える。

 明鈴は短刀を振り上げながら人形のように四肢を震わせ魁閻に襲いかかる。


(――くそっ、太刀筋が全く読めない!)


 武道は幼い頃から学んできたため、魁閻はある程度戦えた。

 人間であればある程度、攻撃の太刀筋や思考が読める。それが闇雲な攻撃だとしてもだ。だというのにこの侍女にはそれが全くない。


(――殺されるわけにはいかない)


 いつもなら大人しく刃を受け止めていたが、今はそうするわけにはいかない。

 自分に死の危機が迫れば呪いが撥ねかえりこの侍女は死ぬ。いや、第一に死んだはずの人間に呪いが跳ね返ればどうなるかわからない。

 魁閻は攻撃をかいくぐりながら窓際にある剣を手に取った。


「すまない。殺されてやるわけにはいかないのだ」


 魁閻は素早く斬りかかり、侍女がもつ小刀を弾き飛ばすとその体を床に縫い付けた。

 そのまま彼は剣を床に伏せた侍女の首元すれすれに突き立てる。


「答えろ! 誰の命で俺の命を狙う! 正直にいえば命までは――」

「死ネ。死ネェシネシネシネシネ死ね……死ネ」


 女は呪いのように同じ言葉を連呼しながらけたけたと笑っている。その目からは黒い涙が流れている。


「死ヌ。死ニタイ。シネシネ死死死死死死死死死ししししし」

「――っ、ぐっ!?」


 その時、魁閻の体に激痛が走った。

 剣を握る力が強まる。はっはっ、と呼吸が短くなり胸から何かが伸びてくるようなミシミシという音がする。


「呪い…………か?」


 腕を見るとその周りが青黒い光を放ち、蔓のように刺青が体を這いはじめていた。


「は、ははははっはははははははははは」


 痛みに呼応するように床に伏せた女が狂ったように笑い出す。


「一体どうなっているんだ……」

「――魁閻、それから離れろ!!」


 背後から聞きなじみのある声が聞こえた瞬間、魁閻の体は部屋の壁に激突していた。


「――っぐ!?」


 壁に打ち付けられ呼吸を一瞬忘れた。


「ご無事で!」


 くらりとした目眩が収まり、瞬きをするとそこには紫苑とマオが立っていた。


「紫苑、マオ。何故ここに……」

「やはり呪いはお前様の元に集まるようだ。真っ直ぐここにきて正解だったぞ」

「はあっ!? 尸蟲が現れなければ呪いは肉眼では見えないといっていたではないか!」


 魁閻が怒鳴れば紫苑は煩わしそうに舌打ちをして目の前の侍女睨む。


「ええい、詳しい説明は後じゃ! まずは目の前のこの状況をどうにかしなければならない! 明鈴を助けなければ!」

「侍女を救うだと?」

「魁閻。あの者は既に死んでいる。死体が操られているんだ」 


 恐る恐る魁閻が視線を向けると、侍女は不気味にけたけたと笑い声を上げていた。

 

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