元カノの涙が俺の弁明の邪魔をします ~つまり犯人はお前だろう!

藤瀬京祥

元カノの涙が俺の弁明の邪魔をします ~つまり犯人はお前だろう!

 ついていない時はとことんついていない、真﨑さなざき尋人ひろとはつくづくそう思った。

 星空を見上げていたはずが、気がついたそこは病院の天井……ではなくベッドの上。

 なぜ自分が病院にいるのかわからず、ぼんやりと天井を見上げていると刑事の訪問を受けた。


「少しお話聞かせてもらえますか?」


 ショック療法とでもいうのだろうか。

 この瞬間に意識を失う直前までのことを思い出せたのだが、なんの嫌がらせだろう?

 いや、誰かの嫌がらせだろうか?

 付き合ったばかりの彼女とたった一ヶ月で破局した、まさにその瞬間からフラッシュバックしたのである。


「浅川さんのほうが尋人よりお金持ってるし、格好いいし」


 そんな理由で振られた、まさにそのシーンから、寝付けず気分転換に深夜散歩に出て、流れ星に彼女の不幸を願掛け。

 直後にもっといいこと、それこそ新しい出会いでも願えばよかったと後悔しても後の祭り……などと考えていると、倒れている人影を見掛けるという斬新な出会いがあった。

 けれど尋人の記憶はここまで。

 倒れていた人影が男だったか女だったかもわからなければ、それこそ生きているのか死んでいるのかもわからず。


 捨てる神あれば拾う神あり


 そんな言葉を思い浮かべる間もなく、尋人の記憶は途切れたのである。

 そして次の記憶がつい先程、ベッドに横たわって見上げる病院の天井というわけだ。

 さらには訪れた刑事の 「少しお話聞かせてもらえますか?」 で、酷い頭痛とともに覚醒すれば自身がとんでもない立場にいることを知らされる。


 だが警察も尋人の出方を伺うつもりなのか、手始めに聞かれたのは極めて個人的な情報、つまり住所、氏名、年齢、連絡先である。

 まるで補導された中高生みたいだ……なんて思った尋人だったが、軽い散歩のつもりだったから身につけていたのは家の鍵と携帯電話だけ。

 確かにこれでは身元はわからないと納得し、おとなしく答える。


 続いてあの場所にいた理由を尋ねられると、尋人はまたしても別れたばかりの彼女のことを思い出してしまう。

 別れを告げられた時の彼女の姿、表情、声、その言葉を思い出す自分に (俺はどこまで女々しいんだよ) と内心で嘆きつつも、やはりこの部分は話したくなかったから、流れ星に彼女が不幸になることを願ったことも合わせて秘匿し、二人の刑事には、仕事で嫌なことがあって寝付けなかったからという理由で、気分転換に深夜散歩をしていたと話す。

 そして偶然倒れている人影を見掛けたが、そこから先の記憶がないこと。

 気がついたら病院にいたということを順に話す。


「あのぉ、そもそも俺、どうして病院ここにいるんですか?」

「本当に覚えていないんですか?」


 少し疑うような刑事二人の視線。

 その理由はすぐに明かされる。

 まず尋人が見た倒れた人影は女性で、尋人以外の通行人から受けた通報で警察が駆け付けた時には、すでに事切れていた。

 まだ検死の最中で死因ははっきりしないが、おそらく刃物による刺殺。

 尋人はその近くで頭部に傷を負った状態で倒れていたという。

 もちろんそれだけでも問題だが、手に凶器とおぼしき刃物を握っていたというから大問題である。


 人を呪わば穴二つ


 別れたばかりの彼女の不幸をただ願うだけでなく、流れ星にも願掛けしたけれど、まさかこんな風に我が身に返ってくるとは誰が予想しただろう?


「ちょっと待ってください!

 その……俺、本当に記憶がなくて……」


 意識を取り戻してから続く酷い頭痛が、鈍器に殴られたことによる裂傷が原因であることは刑事の説明で納得がいった。

 けれど疑いを掛けられる覚えが全くない。


(鈍器って、広辞苑とか六法全書的な?

 俺、そんなんで殴られたわけ?

 ってかやっぱあれ、結構殺傷能力高くね?

 いや、普通に考えたらかんな……は削るやつか。

 鈍器、鈍器、ドン○ホーテ……)


 この夜は、尋人は頭を殴られており安静が必要と病院側があいだに入り、一度警察は引き取ることに。

 実は逃走防止のため一晩中廊下に警察官が立っていたのだが、そんなことなど尋人は露知らず、鈍器について考えながら眠りに落ちた。

 翌朝、やはり頭痛で目を覚ます尋人の許に昨夜の刑事が訪れ、新たに尋問が始まる。


「被害者は登米野とめの素子もとこさん。

 知ってますよね?」


 ドラマだと、ここで登米川素子の写真を見せて確認をしてくるシーンだが、昨日の今日で用意が間に合わなかったのか。

 あるいは知り合いだから必要ないと思ったのか。

 二人の刑事は突っ立ったまま尋人の返事を待っているだけ。

 尋人は尋人で写真を見せられると思ったから待ちの態勢に入ってしまい、返事が遅れてしまう。


「……えっと、知りません」

「本当に?」

「本当です」

賀川かがわ彩子あやこさんはご存じですよね?」

「彩子?」


 まさかここで別れたばかりの彼女の名前が出てくるとは思わなかったから、驚きを隠せない。

 尋人に後ろめたいことはないはずなのに、理解出来ない状況に動悸を覚え、無意識のうちに胸に手を当ててしまう。

 そんな尋人の様子を、刑事は冷ややかな目で観察しながら話を続ける。


「登米野素子さんには浅川あさかわ春男はるおさんという交際相手がいまして、最近別れ話が出ていたそうです。

 その原因が賀川彩子さん……といえばおわかりですよね?」


 もう何度目になるだろう。

 刑事の話を聞いて尋人の脳裏に、またしても別れたばかりの彼女、彩子の別れの言葉が蘇る。


「浅川さんのほうが尋人よりお金持ってるし、格好いいし」


 浅川春男とはその浅川らしい。

 最近とはいえ別れ話が出ていた浅川春男と被害者の登米野素子。

 だが尋人が彩子と別れたのは昨日のこと。

 どうやら彩子は二股をしていて、もう少しで浅川が登米野素子と別れて自分と付き合ってくれることになったから尋人に別れを切り出したらしい。


(あいつ……二股っていうより浮気だろ、それは!)


 実際はどちらでもいいのである、尋人と彩子はすでに別れているのだから。

 どちらにしても彼女の裏切り行為には違いないのだから。

 つまり 「浅川なにがしにあいつが振られますように」 という尋人の、流れ星に掛けた願いは叶わず。

 それどころか邪魔だった登米野素子が殺され、彩子は晴れて浅川と恋人同士になれる。

 なんとも腹立たしい話である。


 逆に尋人が願い損なった 「新しい出会い」 が中途半端な形で実現し、登米野素子と死体で出会う羽目に。

 その応報に、ねじれた因果を思わずにはいられなかった。

 それこそ自分の日頃の行いがそこまで悪かったのかと落ち込むほどに。


 しかも尋人の 「人を呪わば穴二つ」 は、どうやら呪ったほうの穴のほうが深かったらしい。

 ここまでの刑事の話を聞けば、最も疑わしいのは彩子のはず。

 当然次に疑わしいのは浅川だが、刑事はとんでもないことを言い出したのである。


「あなたが賀川彩子さんのために登米野素子さんを殺した、そうですね?」

「………………え?」


 全く意味がわからなかった。

 どうして振られた尋人が、彩子のために登米野素子を殺すのだろう?

 女々しくも彩子の不幸を願った尋人が、どうして彼女を幸せするために登米野素子を殺そうと考えるのだろう?

 おそらくこの時尋人は、人生史上、最も間の抜けた顔をしていたに違いない。

 そのぐらい意味がわからなかった。


「……どうして俺が?」


 二度と出来ないくらい間の抜けた顔の尋人が尋ねると刑事は、登米野素子の身元が割れてすぐに交友関係から浅川春男を訪ね、彼から聞いた話を元に彩子を訪ねたという。

 すると彼女は登米野素子の死にショックを受けながらも、尋人が自分の幸せのために殺したのだろうと涙ながらに語ったという。

 そうして刑事はまた尋人の元に戻ってきたのである。


(んなわけあるかーっ!!)


 喉まで出掛かった罵声を辛うじて堪えるが、怒りだけは顔面に出ていた。

 二度とは出来ないくらい間の抜けた顔から一変、殺意すら感じさせる怒りの形相を見て、刑事も表情を引き締める。

 おそらく二人の刑事は、これから尋人が自分の行動を正当化する弁明を始めると思ったに違いない。


 確かに尋人はこれから弁明するつもりでいたのだが、それは自分の無実を、である。

 間違っても罪の正当化ではない。

 彼は登米野素子を殺してはいないのだから当然だろう。

 彩子の不幸を、女々しくも流れ星に願いを掛けるほど恨んではいたけれど、浅川なにがし登米野素子被害女性には微塵も感情はない。

 個人を認識すらしていないのだから当然だろう。


 むしろ二人が別れずにいてくれれば彩子も失恋することになるのだ。

 そのほうが願ったり叶ったりのザマァが出来て、尋人の溜飲も少しは下がるというもの。

 同じ失恋の痛みを味わうということで過不足なく痛み分けが出来るのに、なぜわざわざ危険を冒してまで登米野素子を殺そう障害を取り除こうなどと考えるのだろう?

 全く以て意味がわからなかった。


 とりあえず流れ星に願いを掛けた女々しい部分は恥ずかしすぎるので伏せ、自分は犯人ではないことを主張しよう! ……と思ったが、表情を引き締めた刑事が先手を打ってくる。

 彩子が、どれだけ尋人が自分を想っていてくれたか、どんなにいい人だったかを涙ながらに語っていたかを、それはそれは熱く語り説き伏せようとしてきたのである。


「彼女から聞いたよ。

 君、本当に賀川さんが好きだったんだね」

「賀川さんも痛いほど君の気持ちをわかっていたよ。

 本当に辛そうに涙を流していた。

 でも少し重すぎたのかもしれない」

「ちょっと待ってください! 俺は……」

「彼女の気持ちを無駄にしちゃいけないよ」

「君はまだ若いんだから、今ならやり直せる」

「だから待ってくださいって……」

「彼女のためにも罪を認めて償わないと」

「いずれまた新たな出会いがある」

「きっといい人と出会えるから」


 情に訴えて自白を促すように見せかけて、機関銃の如く矢継ぎ早に言葉を撃ち放って尋人の反論を粉砕しに掛かってくる二人の刑事。

 とんだ冤罪に、ついに尋人も言葉を荒らげる。


「だから俺の話も聞けよっ!

 あのクソビッチ!!」


 続けて出掛かった 「ぶっ殺す!」 という言葉はさすがに飲み込む。

 ここでそれを言い放ってしまえば自白も同然。

 いや、自白ではないが、不利になることは間違いない。

 辛うじて理性を働かせて思いとどまるけれど、刑事のほうはとどまることを知らず。


「親御さんだって悲しむよ」

「そういえば浅川さんのほうが収入がいいからって振られたんだって?

 大丈夫だよ、男は金じゃないから」

「浅川さんのほうがイケメンだからとも言われたんだって?

 大丈夫だよ、男は顔じゃないから」

「そうそう、心だよ」

「ここは潔く罪を認めて男らしさを見せないと」

「彼女を裏切らないためにも、潔く男らしさを見せようよ」


 ついには隠していた女々しさまで言い当てられ、ディスられ始めたのである。


(あのクソビッチ、マジぬっ殺してぇ……)

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元カノの涙が俺の弁明の邪魔をします ~つまり犯人はお前だろう! 藤瀬京祥 @syo-getu

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