死体とさよなら

※夢日記です。



 一ヶ月ほど前に悪夢を見た。わたしはふだん夢をよく見る方だが、悪い夢というのは実のところそんなに見ない。人を殺して逃げ回る夢であるとか、迷子になって焦りまくる夢だとか、祖母の病状が急変する夢だとか、まあ、その程度である。


 連日、精神状態が良くなかった。ご飯の支度のため包丁を持つと頭が真っ白になって、うっかり喉元を刺してしまいそうになる日が続いていた。今はまだ理性で防げているけれど、この先、これ以上悪化したらどうなるんだろう、と若干心配になった。いかにも深刻げに書いているが、たぶん死に至ることはないので、笑い話として読んでもらえたら、書き手としては嬉しい限りである。


 夢のなかは夜だった。わたしは畳敷きの廊下に立っている。廊下に面して広間があり、そこでは宴会が繰り広げられていた。広間には明かりがともっていて、随分と騒騒しい。


 廊下を挟んだ広間のむかいに、中庭がある。そこは水で満たされたいて、ほとんど湖みたいになっていた。中庭に降りるための扉は少しばかり開いていて、その隙間から、ふたつの死体が折り重なって、こちらを覗いている。下半身は水の中へ、上半身は廊下へ。ふたつの死体は、互いに笑みを浮かべて、恋人のように手を繋ぎ合っていた。そうして廊下を通る人を捕まえては、ちょっかいをかけているのだ。


 その死体達は、わたしのよく知る人であったので、わたしは心から驚いていた。まさか生きていたなんて! とはいっても、その動きは見るからにおかしいものだった。手が、ぎったん、ばったん、とぎこちなく、それでいて激しく動いていて、たえずその腕を畳に叩きつけているのだ。


 わたしは試しに、上に乗っかっているほうの死体の手に触れてみた。ああやっぱり、この人達は生きていないのだ、とわたしは思った。生者のそれではない。紛れもなく、死体の感触である。


 広間でさわぐ人たちは、誰も死体に目をとめていない様子だった。気にしているのはわたしひとり。そのうち下の死体が、例えるなら赤子に向けるような満面の笑みを浮かべて、わたしの名を呼びながら両手を広げはじめた。その微笑みがあまりにも優しく愛に満ちているものだから、わたしはうっかりその胸に飛び込んでしまった。


 わたしを抱擁する両腕は信じられない馬鹿力だった。わたしは、死体の胸に手をついて、そこから逃れようとするが全くもって敵わない。ぴくりともしない。なるほど、すべてわたしを殺すためだったのだ、と理解したときには遅かった。もう助からない。わたしはこの水の中に引き入れられるのだろう。この死体たちは、わたしの知人に化けた悪霊だったのである。


 なんとか逃げ切れたのだろうか。場所は移って、今度はちがう広間にいる。長い木製のテーブルが置かれてあり、薄い座布団の上にわたしは座っている。ここにも、人がいる。誰がいるのかは分からないが、騒がしい。女であるような気がする。


 開け放たれた襖から、ててて、と走って息子がやってくる。「○○、きたの」と、わたしはいつもと同じく両手を広げて息子を抱こうとする。が、雰囲気が違う。すぐに察しがついた。あの死体たちの仕業である。わたしを仕留め損なったので、今度は息子に憑依したのだ。

 そう気づいたら、息子(のようなもの)は遠慮なくわたしを襲ってきた。どういうふうに襲ってきたかは思い出せないのだが、このちっこいのがマジで殺そうとしてくるのである。わたしは、どうするべきか? と考えた。返り討ちにしてやりたいが、息子の体に傷がつくのは困る。とはいっても、適度に攻撃を加えていた気もする。そんなわけで取り敢えず、逃げ回っている。



 目が覚めたあと、ほんとうに生々しい嫌な夢を見た、と思った。さながら実写版ムヒョロジ(ムヒョとロージーの魔法律相談事務所)である。とにかく現実でないことに胸を撫で下ろした。


 死や死体の夢は、夢占いとして見るならいい夢だそうで、生まれ変わるだとか状況が好転するといった意味を持つことが多いらしい。(わたしの記憶が違ってなければ)


 母と暮らしていた頃は、家に夢占いの辞典があって、夢を見るたびよく調べたものだった。いつの間にか夢を見なくなって、そういったものから遠のいたが、夢を見ること自体は楽しく、嬉しい。違った人生を垣間見るようで。


 時間が経つと細部を忘れてしまうので、覚えているうちに書き残しておきたかった。少しでも楽しんでもらえたら、幸いである。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る