うまれたばかり/きのうの夜


 夜だろうか。あたりは暗い。かざした手が見えないくらい。濃い闇に紛れて、秋の虫が鳴いていた。しゃらしゃしゃら、鈴を振ったような、色とりどりのビーズが零れるような、さやかな音。ぼくはだれかに抱かれている。風はない。星を見ている。星は瞬いていて、美しかった。ぼくは、ずっと昔に、これと似たようなものを目撃した気がする。きっと、誰も彼もが同じだろう。忘れているだけで。「星の瞬く音を聞いたことがある?」うん、あるよ。鈴の音とよく似ている。「ちがうよ、世界が壊れる音だ」そのとき、ぼくを抱いてたなにかの気配が、ふと消えた。ぼくはひとり、放り出されてしまって、ぼくを包んでいた温かいなにかは、さよならも言わずに消えてしまった。羽織も、カイロもないけれど、星は瞬いている。

 好き、嫌い、好き、嫌い。ダイヤモンドのような強さで、青い星が輝いている。針先に宿る光。眠たいのは、息が苦しいせい。背中を摩って。楽になるんだ。覚えてる? 昨日の真夜中に、冷房に言われたセリフ。きみの優しさは贖いのため、生まれたときから形がちがう紛いもの。腰を低くして生きろよ。罪人なんだから。


 青い星と、緑の星と、赤い月、黄色い月、夜空にうかぶ、割れた瓶のごく微細な破片、またたき続けて、目を射る光。ぼくらを見るな。失明を希う星。たくさんあるけれど、どれが欲しい? あれが欲しい。迷わずに手を伸ばしたら、数多の光が一斉に消えて、墨を溶かしたような闇に覆われる。振り向けば、コンセントを引っこ抜いた神さまが、コードを手にして微笑んでいる。ぼくは、たまに無菌空間のなかで、自殺を促される。「死ぬ? 生きる? 死ぬ? 生きる?」止んでいた風が吹いた。神さま、コンセントをさして。スイッチをつけて。光をちょうだい。もういやだな。この会話が聞こえないの。「一生懸命生きてきたのに」「あんまりだ」はやく。はやく! 羽織は。カイロは。コンセントは差した? ほんとうに?


「星の瞬く音を聞いたことがある?」


 うん。あるよ。あの子の宝箱に入った宝石が、一斉にばらばらと零れる音。無数のビーズが、板の間で弾ける音。子どもがまとめて傷つく音、ごくまともな君が壊れる音、人がみずからを殺める音。


「星の瞬く音を聞いたことがある?」


 うん。あるよ。神さまが、コンセントを持ったままで微笑む音。そうして、夜空で踊る音。わが子を見やる母親の、目を細める音。きみがやさしさのために落涙する音。


 星のまたたく音がする。雲もないのに、雨が降る。ぼくは、目を閉じた。だれにも侵されない無菌空間の中、合歓木ねむのきの夢を見る。青みがかった緑の深さと、葉叢の圧力にうっかり殺されてしまいそうな、赤子よりもひ弱な淡紅色の花、昼間の炎、喉元を押さえていた手を解く。だれもかれもが睡る。合歓木の葉に包まれた夜の中。


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