青い夜


 真夜中にふと、目が醒める。カーテンを閉め忘れた、午前三時。窓の高いところから、青い月影が射している。シーツの皺まで、よく見えた。


 ベッドから降りて、リビングに行くと、窓辺に腰掛けた少女がいる。髪は肩下くらいで、毛先にウェーブがかかっている。顔は分からない。こちらに背を向けて、座っているから。僕は、またか、と息を吐いた。すると少女は、よっこらせ、とでも言うように、建物の下へと身を投げてしまった。


 二人掛けのテーブルに置いた花瓶から、花びらが一枚落ちた。白木蓮の花だった。

 僕は、蛇口を捻って、コップに水を溜める。窓を閉めて、施錠した。テーブルに置いたグラスの中に、青い月があった。僕はそれを飲み干してしまった。


 これが僕の夜のルーティンである。僕は、来る日も来る日も、夜中の三時に目が覚める。夜の部屋は、壁も、机も、花も、何もかも青い。月はずっと、窓ガラスの上部に架かっている。まるで一枚の絵のように。


 眠る前、施錠したはずの窓も、ドアも、てんで意味を為さない。真夜中の三時になると、リビングの窓辺には、見知らぬ少女がこちらに背を向けて座っている。サッシの冷たさまで感じられるような、青い夜に、少女たちは音もなく身を投げる。僕は窓をしめて、テーブルに落ちた花びらを拾って、水を飲んで、トイレに行って、眠る。


「ここからはよく見えるわね」


 一ヶ月ほど経った。春のやわらかい夜の気配は依然として部屋を満たしている。その夜、窓辺の少女が初めて口を開いた。僕は、春の終わりを感じた。青白いリビングで、声帯を持たない魚のように、僕たちはパクパクと口を開くだけの、意味のない会話をした。


「何かみえる?」

「ええ。音もよく聞こえる」

 僕は花を見た。

「何の音がするの?」

 花びらは青白くて、触れれば、散ってしまいそうな気がした。

「あなたって、聾唖なの?」

「今、会話してるじゃん。ねえ、のど乾かない?」


 返事がないのを訝しくおもって、顔をあげると、窓辺には誰もいなかった。ただ静かに、カーテンだけが揺れていた。化繊の波の頂きを、青い月のひかりが薄く照らしている。僕は、すこしぼうっとした。朧げに、少女たちが何を見ていたかを理解した。


 やがて、カーテンの波が凪ぐ。置物のような人の気配も消え、リビングは夜の海のように静かになった。僕は、窓辺に立った。眼下には、光のない深海のような町が広がっている。窓を閉めて、施錠する。花びらを捨てて、グラスの中の水を飲んで、ベッドにもぐる。そうして春を、見送った。


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