第6話 「だったらいい。わけを」

 ゆきに似ている。

 どことなく、ではなく、具体的に「どこが似ているか」が指摘できるぐらいに似ている。

 開襟かいきんシャツの、少し開いて肌の見える胸元。

 ぽさっ、と、頭の両側にかかる、少しクセのある髪。

 そして、レモン色みたいな中間色の服という好み。

 腰の上は、「ほどよく」より一段細く痩せている。

 肩は、すんなりと流れる肩ではなく、きちんと関節のボールが入って機能している、という感じだ。

 もちろん、このお嬢さんのほうが肌は白いし、顔立ちとかはぜんぜん違うから、「うり二つ」などではない。たぶん血縁関係もないだろうけど。

 最初は、前会長の家に招かれ、ぼくの父と、井岩いいわのお父さんと、その前会長と、その井岩家のお嬢さんとで話をした。そのときには、お嬢さんは、ずっとうつむき加減で微笑していて、奥ゆかしいのかどうかわからないけど、よくわからないひとだな、と思っていた。

 ところが、その家を出て、ぼくと二人だけになると、とても活発なその素顔をあらわにした。

 来年に閉園することが決まっている地元の遊園地に行こう、とぼくを誘った。来年になると混むから、いまのうちに、という。

 その結果、開襟シャツに短めスカートの彼女はともかく、スーツに身を固めたぼくまで、ジェットコーストターとか、巨大ブランコとか、自由落下装置とか、火はかないけどいちおう蒸気で走る構造になっているという汽車とかに乗ることになってしまった。

 これは、と思った。

 このひと、おもしろい!

 大声で笑い、大声で悲鳴を上げ、

「どうして怖いってわかってるのにわざわざ乗るんだろうね!」

と大声で言って、また笑った。

 つきあってみてもいい、と。

 ただし、倖と先に出会っていなければ、だけど。

 なぜかというと。

 似ているだけに、較べてしまうのだ。

 倖なら、こんなとき、怖がるだろうか?

 ぼんやりさんだから怖がらないか、それとも声も出ないほど怖がって固まってしまうか。

 ぼくに身を寄せて来るか、ごちごちになって動けないか。

 この子はぜんぜん怖がらず、柔らかい体をいっぱいに動かして楽しんでいる。

 では、倖なら……?

 そんなことを思いながら、この子とつきあうとしたら、それはつらい。

 このお嬢さんだって、ぼくの心がほかのだれかにあることはすぐに見抜いてしまうだろう。

 二人は、閉園まで遊園地を楽しみ、「ほたるの光」が繰り返し流れる遊園地を後にし、しかも、遊園地前のファミリーレストランで食事をして、わかれた。

 両親の家に帰ったときには午後九時近かった。

 ぼくは、最初の見合いで女の子をそんな遅い時間まで連れ回すものではないと両親から怒られた。

 べつにぼくが連れ回したわけではない。二人で決めて、二人でその時間まで話をしていたのだ。

 相手が地元の名家のお嬢さんだと、そんなことまで気にしなければいけないのか。

 それで、腹が立った、ということもある。

 それに、かりにこの井岩家のお嬢さんと結婚したとすれば、今度のように、何時までに何をした、何をしなかった、といちいち親からチェックされるだろう。

 そんなのはごめんだ。

 あまり都会っぽくない地元で、決まった時間に起き、決まった時間に朝ご飯を食べて決まった時間から仕事を始め、決まった時間に終わり……という生活を、親たちはずっとして来た。たぶん前会長もそうだろう。

 でも、ぼくらはしていない。

 お嬢さん自身はどうかは知らないけど、周囲はそういう生活をお嬢さんも送るものと思っているだろう。

 だから、このお嬢さんと結婚したりしたら、そんな地元の常識でずっと生活に干渉し続けられる。

 だから、ひとしきり説教してから、ふと表情をゆるめてあいまいに笑った父親が

「で、そのお嬢さんとは、どうだ」

と機嫌を取るようにきいたとき、ぼくは

「やめとく」

と一言答えた。

 父親が怒るかな、と思ったが、ちょっと落胆らくたんした様子ではあったけど、

「うん」

と軽くうなずいた。

 「それはいい。わけを教えてくれ」

と言う。

 「ぼく、ほんとは心に決めたひとがいるから」

 そう言おうかと、一瞬、思った。

 いや、そう思う一瞬が、何度も繰り返した。

 でも、ぼくは言わなかった。

 そのかわり、

「いや。本人はいい子だと思うよ。でも、今日もいっしょにいるあいだにずっと考えてたんだよね。この子といっしょになるってことは、井岩さんの一族になる、ってことなんだな、って。そんな覚悟はできないし、いっしょになって、それをずっと気にしながら暮らす、なんて、やっぱりだめだと思う」

と言った。

 父親はぼくを五秒ぐらいまっすぐ見た。

 それから、言った。

 「そうだな」

と。

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