第5話 井岩家のお嬢さん

 ぼくのお見合い。

 それは、半径三百メートル以内の町内政治の結果だったということが、帰省してから判明した。

 おかしいとは思ったのだ。

 両親が何歳で結婚したかは知っている。両方とも三十歳を超えてからだった。それが「社会人になったから見合いをしろ」とは。

 じゃあ、自分らはどうなるんだ、って。

 で。

 ぼくが生まれ育った町の町内会では、前会長派と会長派の対立がずっと続いている。

 前会長がまた会長になったり、そこで前会長になったほうが次にはまた会長に再選されたりで、人物は入れ替わる。入れ替わっても「前会長」と「会長」の対立という構図は変わらない。

 なんだそれは、と思うけれど。

 そして、その両者とも、味方を増やしたいので「利益誘導」というのをやる。

 その、現在の前会長の「利益誘導」で、ぼくにお見合い相手を紹介する、という話が来た。

 最初から断ると、ぼくの両親が前会長派から「なんだ、せっかく(前)会長が紹介してくださってるのに断るなんて、何様だと思ってるんだ」みたいなことになる。

 しかも、その相手は井岩いいわのお嬢さんだという。

 井岩家。

 「だれ?」

 「岩井いわいのまちがいじゃないの?」

と言われるだろう。

 うちの地元以外では。

 ところが、地元では昔から続く名家らしく、その一族のだれかが県会議員をやっている。

 選挙のときには、「あれもいいわ これもいいわ 県議は井岩」という、これも地元以外の人が聞いたら「?」となるか失笑するか、反応に困るようなキャッチフレーズを流して選挙カーが回っている。

 その井岩家のお嬢さんと会わずに断った、とか言うと、ほんとうにたいへんなことになる。それは地元を離れていたぼくにも容易に想像できた。

 それで、父親としても、

「いまどきの若い者のことですから、うまく行くとは限りませんけど」

と言い、前会長からも

「そりゃあ、本人どうしが決めることだよ」

という言質げんちを取ったうえで、お見合いを決めた。

 その「釣書つりしょ」という、形式張っているわりに内容のない自己紹介書類には、その井岩家のお嬢さんは着物を着て写っていた。

 だから、お嬢さんも和服で現れるものと思っていた。

 ところが、お嬢さんは、ベージュの短いめのスカートにレモン色の開襟かいきんシャツという姿で現れた。

 あ。

 あれ?

 なんか、見たことがある?

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