第2話 言いわけを考えなければ

 あのあとすぐ、ゆきに仕事の電話がかかってきて、ぼくはその答えを出す機会を失った。

 というか。

 答えずにすんだ。

 倖は在宅でウェブデザイナーの仕事をしている。

 仕事は全体としてはそんなに忙しくないらしいけど、不規則に仕事が入る。

 「信喜のぶき君ごめん、急いでやんないといけない仕事が来ちゃった」

と、バタバタとそのPCの前に駆けて行くとその前に座って、目をパチパチパチッとさせ、何かの作業を始めた。

 バタバタと駆けるほどの距離はないはずだけど、ほんとうにバタバタと走った感があった。

 ぼくは、倖の仕事のじゃまにならないように、二階の自分の部屋へと退散する。

 倖は大家さんで、ぼくはその家の二階部分を倖から借りているので、自分の部屋に戻るには外階段を上がればいいだけなのだが。

 二階に戻って、二階の台所の椅子に腰掛け、ぼくは、ふうっ、と長い息をついた。

 ぼくの自由な時間。

 しかし、さっきの倖の質問で、その自由な時間の先が見えてきた。

 ぼくは答えを迫られている。

 「このままでいいわけ?」

 その問いさえなければ、「このままでいい」がいちばんの答えだと思う。

 結婚なんかしないまま、好きなときにいっしょに料理したり、外食したり、買い物に行ったり、映画に行ったり、何もないのにいっしょに庭を見ていたりする。

 いまやっていたように。

 それと。

 倖はぼんやりさんで、普通はやらないような大失敗をときどきやるので、それに気がついたとき、助けを求めて来たときにはフォローする。

 それが、いちばんいい。

 でも、結婚なんかしてしまうと、それをするのが普通になってしまう。「好きなときに」というわけには行かず、「いやなときに」でもそれをやらなければいけなくなってしまう。大失敗をフォローするのも義務になる。

 一方で、結婚しなければ、ある日突然、それがいっしょにできなくなってしまうかも知れない。倖はどこかにお嫁に行き、ぼくはここに住み続けても倖にはめったに会えなくなってしまう。いや。倖の夫婦が二階も使うからと言って、ぼくはここを追い出されるかも知れない。追い出されるとき、その倖の夫におめでとうを言って祝福したりしなければいけないかも知れない!

 そうならないようにしながら、自由な時間も確保する。

 そのために、言いわけを考えなければならない。

 すぐに答えないことの言いわけを。

 そんな問いには答えないのがいちばん幸せだから、というのが正直なところだ。

 しかし、その幸せでは満足しなくなってるから、倖はきいたのだろう。

 「このままでいいわけ?」と。

 「知り合って半年だろう?」

 だから、もう少し、様子を見よう、と。

 でも、倖としては、様子見の時間はそろそろ終わりにしてほしいということなんだろう。

 ぼくは立ち上がってトイレに行き、台所には戻らないで寝室に入った。

 そのまま寝転んで、考える。

 「このままでいいわけ?」

 「もう少しこのままを続けようよ」

 「ふうん」

 そのきょうざめしたような返事のあと、倖のぼくに対する態度がよそよそしくなり、ぼくが一階に下りて行くのをいやがるようになり……。

 倖はぼくの手の届かない女になってしまう。

 「それでも、いいか」

 そう思ったとたん、ぼくの脳裏に倖の画像があふれ出てきた。

 その「それでも、いいか」を否定するように、圧倒的に。

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