第19話

 東の空が眩しくて僕は目を覚ました。広いベッドの上に乗った柔らかな布団、隙間なく敷かれたカーペットが、高級感を醸し出している。至る所に施されている細かい装飾が美しい洋館だ。

 窓を覗けば、もう太陽が高く昇っていた。少し寝坊していたようだ。

 いつまでも寝ぼけてはいられない、僕はテキパキと寝間着から着替えてリビングに向かった。


 案の定、兄達、姉達は僕よりも先に起きて寛いでいたようだった。

「おはよう、兄さん、姉さん」

「おはよう慧斗、今日は休日とはいえ、随分と遅かったな。夜更かしでもしていたのか?」

 一番上の兄、古野澪だ。彼はソファで何やら難しい本を読んでいて、少し目線を上げて僕に質問した。

「そんなつもりはないんだけど……」

 本当だ、身に覚えがない。

 澪はため息をついた。

「末弟とはいえ、お前も古野家の者なのだからだらしない生活はしないように」

 それだけ言って澪は視線を本に戻した。艶のある紺の前髪が揺れた。

 一見厳しい人のように見えるが、それだけではない。それ以上に優しい人だ。真面目で一貫性のある行動をとる兄は、優柔不断な僕にとってとても眩しかった。


「おはよう! 今日は澪お兄さんの学園祭の日だよ、慧斗も遅れないように準備してよ!」

「大丈夫だよ、本人もまだ登校してないし」

 僕に話しかけるのは春、澪の次に生まれた古野家の長女だ。今日はお出かけということもあってえらく着飾っている。美しい茶の髪も丁寧に編み込まれていた。

「そうねぇ……澪お兄さん、いつもより早く登校してくれないかな。慧斗が動かない!」

「……お前は私をなんだと思っているんだ」

 澪はあきれ顔で春を見た。

「まあ去年から楽しみにしていたお前たちの期待を裏切るわけにもいかないな。少し早く登校して、完璧な学園祭にしてみせるよ」

 満更でもない顔で澪は隣に立てかけていた鞄を取って家を出ていった。

「しょうがないなぁ」

 僕も渋々準備を始めた。……僕も、楽しみではないわけじゃないし。

 今日は澪の高校で学園祭がある。澪は今年2年生、本当は去年もあったのだけど、春が当日に高熱を出して結局行けなかったのだ。だから春はこうして異様にはしゃいでいるのだ。

「あー、眠ぃ」

 梢が目を擦っている。春の次に生まれた兄で古野家の次男にあたる。春とそっくりな茶髪は寝癖がしっかりついている。

 いつもは僕より遅いはずなんだけど……この様子じゃ春に叩き起されたんだろう。

 春と梢はとても仲がいい。それも、同じ兄弟である僕が割って入れないくらいに。

 理由は分かっている。僕と春と梢では母親が違うから。澪だってそうだ。僕らは半分しか血が繋がっていない。

 それが髪色にも現れている。濃紺の髪を持つ澪は1番目の母の一人息子。春と梢は2番目の母譲りの茶髪。僕は真っ黒い髪の3番目の母から生まれた。

「楽しんできなよ、慧斗」

 隣に僕より少し背の高い少女が駆け寄る。僕と同じ黒髪だ。正真正銘、僕の姉だった。

「姉さんは本当にいいの?」

「うん、寝込んでるお母さんを放っては置けないから」

 僕らの会話に割り込んだのは梢だった。

「そんなの放っておけよ。どうせ数年後には離婚してるだろ?」

 それでお前たちだけがこの家に残るんだ。

 そうぶっきらぼうに言う梢に腹が立った。

「そんなの分からないでしょ! 梢がそうだったからって酷いこと言わないでよ!!」

「はぁー? 今なんて――」

「はいはい梢がごめんね!」

 喧嘩になる寸前、春が梢を強引に引っ張ってリビングを出ていった。


「でも姉さんが残るなら、僕も残るよ」

「いいえ、慧斗は行くべきよ。皆に言ってないみたいだけど、慧斗だって去年から楽しみにしてたんでしょ」

「でも、それは姉さんも……」

「私のことはいいの。それより慧斗は学園祭行きたいの? 行きたくないの?」

「……行きたい」

 行きたくないだなんて言えなかった。

「そう、それなら行ってきなさい」

 姉は笑顔で送り出してくれた。


 朝と昼どちらともいえない時間から始まった学園祭は大盛況だった。

 十分な広さのある廊下は、通り抜けることが難しいほど混んでいて、校庭の屋台にも人が並んでいた。

 僕らは昼食を買い歩いて、教室で行われるアトラクションに参加しながら夜を待った。これだけでもとても楽しい一日だった。梢は一日中ばつが悪そうだったけど。


 夜に何があるかって? それは……


 わぁと大きな歓声が上がった。隣の春と梢も夜空に釘付けだ。僕もこの綺麗な光景に目が離せなかった。初めて見た、夜空に咲いては消える大輪の花火に。ドンッと聞いたこともない重く、大きく、身が震えるような破裂音の後に、眩く色鮮やかな花が咲いた。

 強烈な光がレンズを通して紙に焼き付くように、眼球を通してこの花火は僕の脳裏に焼き付いた。2人もそうだったんだろう。

「また来年もこの花火を見よう、一緒に」

 言い出したのは梢だった。でも梢が言わなかったらきっと僕が言っていただろう。

「うん、見に行こう」

「約束だよ!」

 春も頷いた。春と梢の横顔が花火に照らされて極彩色に照る。

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悪魔と一週間 薄氷 @Cyanea

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