第18話
日は静かに西へ傾いた。その間ケイトは身動き一つせずアスファルトに座っていた。
古野澪を殺すために払った代償はケイトにとって大きすぎるものだったから。
僕はどうしてこんなことをしようとしたんだっけ?
よく回らない頭には梢と春が浮かぶ。
そうだ、二人を探しに来たんだ。
見つけないと。
ケイトは緩慢な動きで立ち上がるともう一度屋敷へ向かった。
古野澪に案内されて通った道を今度は一人で進む。
特定の部屋を目指すのではなく、それらしい部屋を片端から。
やはりこの広大な屋敷は一人で生活するには広過ぎたのだろう。全く使われていない部屋がいくつもある。そのような部屋は素通りだ。
何個か目のドアを開ける。その部屋は生活感にあふれていた。
足元には隙間のないほど敷き詰められていた紙。プリントというより、写真だ。アルバムをひっくり返したという言葉がしっくりきそうな部屋の奥には、小さなデスクが置いてあった。
高級な絨毯を踏んでデスクに近づく。汚い床とは対照的にデスクは散らかっていなかった。机の上にはただ一つ、黄金の懐中時計が鎮座していた。
この懐中時計には見覚えがある。梢と春の家にあったものだ。この懐中時計は古野澪の私物で、以前に見つけたのは春か梢の私物だろう。
偶然被る、なんてことはないだろう。古野澪と春、もしくは梢と何かしらの関係があることは明らかだった。
廊下に戻って改めて梢を探す。
奥の部屋から、血の香りが鼻を突いた。
ケイトは顔色を変えてその部屋に走る。
バタンと大きな物音と全開に開いたドアから見えた光景は、思わず否定してしまいたくなる光景だった。
梢はいた、眉間を貫かれて。彼の美しいブロンドの髪が血に汚れていた。こんな傷を負って、生きていないことは一目でわかった。急所を撃たれた人間は銃弾一発で簡単に死ぬ。ケイトは数時間前にそれを目の当たりにした。
結局僕は誰一人助けられなかったんだ。独りよがりな復讐を果たしただけ。
「ごめん、もっと早くに来ていれば梢だけは助けられたかもしれないのに」
声を喉から絞り出して、首を垂れる様に俯く。
ケイトの頭に温かい手の平が乗った。
一体何だ? 僕にこんなことをしてくれる人はもういないはず……。
恐る恐る顔をあげると、そこには平然とした顔の梢がいた。
「え、こ、梢? どうして? 死んだんじゃ……」
混乱をそのままにケイトは梢を質問攻めにした。
梢は苦笑いを受かべると、
「あーー、それはなぁ」
覚悟を決めたように深呼吸を一つした。
「俺が悪魔だからだよ」
「梢が悪魔? そんな、嘘だ。だってそれなら春はどうなるんだよ!」
春は梢の姉なんだ。悪魔に兄弟関係などあるはずがない。
ケイトは認められず叫んだ。
「春は最初から生きてない。俺が生み出したただの幻なんだ」
「幻? そんなこと……!!」
だって春はオカルトが好きな活発な美少女で、それで教養の良さが見え隠れする子だ。
好きなことを熱心に話し込んでしまう姿も、嬉しいことがあって無邪気に笑う姿も、手に取るように思い出せるのに。
春のことを考えれば考えるほど、ケイトは春を幻とは思えなかった。
「そうか。じゃあ証拠を見せてやる」
そう言うやいなや、ケイトと梢以外誰もいない部屋に、いつの間にか春が現れていた。
ドアから入ってきていないのは明らかだった。
「本当に、本当に幻なのか……?」
「そうだ」
「…………」
梢は頷き、春は何も言わない。こんな状況であるにもかかわらず、静かに微笑んでいるだけというのが却って彼女が幻であるという実感を持たせた。
「そんな……僕は、これからどうすれば……」
守りたかった西江と悪魔は死に、梢は人間じゃなくて悪魔で、春は存在すらしていなかった。
梢は僕を騙していたんだろうか。戸籍を偽り、姉を作り出してまで。
だとしたら、どうして。
「梢は、僕を騙していたの?」
「騙してはいない、そういう約束だ」
「それは梢の契約者との?」
「ああ、お前との約束だよ」
「僕と? そんなわけない! だって僕は梢が悪魔だってことすら知らなかったんだ。契約した覚えだってないし」
「慧斗の記憶と記録を改竄したからな」
僕の記憶と記録を改竄? 改竄されたと言っていたのは古野澪ではないのか?
混乱するケイトを無視するように、梢は続けた。
「覚えていないだろうけど、それが真実なんだよ。こんな消えかけの俺には慧斗の記憶と記録、周囲の記憶、そのどれもを改竄し続けることはできない。だから、慧斗の記憶の方は諦める。どうせ後一日の話だ」
「待って! あと一日ってどういうこと?」
問い詰めるケイトに梢は、思い出せばわかると説明してくれなかった。
視界が歪む。
梢の話はよく分からない。知りたいことが、理解したいことがたくさんあるのに、声が出なくなる。酷い眩暈だ。それと同時に身体の奥から熱くなる。
ケイトは立っていられなくなり、地面にうずくまった。
ありえない記憶が脳裏に次々に浮かぶ。頭が割れる様に痛い。そのせいで振り払うことできずに、床で藻掻くしかなかった。
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