第17話

 フルノケイト……? それは誰だ。そんな人物など知らない。

 西江ハイトはそう言ったきり事切れてしまった。もう何度呼びかけても反応はない。

 僕の浅はかな考えが死なせてしまった。

 ハイトも、悪魔も。

 僕が帰りたかった場所は、壊れ果ててしまった。

 それでも、逃げて欲しいって? 生きろって?

 悪魔の言葉が蘇る。だがケイトは地面に蹲ったまま動かない。 歩き去る意味を感じられなかった。

 どこに行こうが、もうあの場所はどこにもないのだ。施設の皆が死んで一度生きる意味を失った。でも悪魔に出会い、ハイトと仲良くなって新しい生きる意味を見つけられた。

 生きてさえいれば、また新しい生きる意味を見つけられる?

 それはそうだろう。だが、また失うことになるかもしれない。それがまた僕のせいだったら? 僕はもう生きているべきじゃないんじゃないか。

 もう、疲れたよ。得て失っての悲しみの繰り返しは。


 規則的な音が聞こえる。革靴の、死神が歩く音だ。

 恐ろしさは感じない。びっくりするほど穏やかな心地だ。

 僕は項垂れて、静かに自らの身体が鉄の弾丸に貫かれるのを待つ。まるで射殺処刑前の囚人だ。

 音が止まった。顔を上げればアイツが真正面に立っているんだろう。膝を睨んでいた僕の視界に、するりと腕が映り込む。皴一つない上品なスーツが汚れることも気にせず、アイツは膝立ちになって僕を抱きしめた。

「良かった。生きていてくれて、良かった」

「は……?」

 アイツの声は震えていた。肩に冷たいものが触れる。泣いているのか……?

「慧斗、大切な私の弟。やっと会えたな」

 弟? 誰がお前なんかの弟だ!

 僕はハイトの親友で、梢と春の友達、あの施設でお前に殺されたただ一人の姉さんの弟だ!

 断じてお前のなんかじゃない!!


 ……ああ、もう一本ナイフを持ってきておいて良かった。

 生肉を捌く時の独特の柔らかい感触が手に伝わる。温かい血がアイツの胸から、僕の手に伝って、アスファルトに滴り落ちた。

「慧、斗…………?」

 驚きに満ちた声が、耳元で聞こえる。

 まるで僕がこんなことするなど、全く考えていなかったようだ。なんて馬鹿な人なんだろう。

 アイツはやがて動かなくなり、重力に従って地面に転がった。

「ハ、ハハハッ!」

 やった、遂にやった!

 皆の仇もハイトの仇も、やっと取れたよ!

 あの時僕が生き残った意味は確かにあったんだって。

 悲願を成し遂げた興奮で心臓が壊れそうなほど音を立てていた。

 こんなに嬉しいのに、瞳が霞んで前がよく見えない。

 これが嬉し涙というやつか。じゃあこの空虚な気持ちは何だ?


 時間が経って僕がようやく気付いたことは、復讐を果たしたとしても、皆が死んで、姉さんが死んで、ハイトが死んだこの現実は何も変わらないということだった。

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