第15話
大層な屋敷に反して人気は感じられなかった。和風庭園を抜けて玄関にたどり着く。屋敷は和風と西洋風が入り混じった建物だった。偏見だが明治時代に建てられていそうな外観をしている。
ギィ、と観音開きの玄関が開いた。現れたのは背が高く痩身の青年だった。短い濃紺の髪に端正な顔立ち。どこかプライドが高そうに見えるその青年は、ケイトもニュースでよく見ていたためすぐに分かった。
「古野澪……!!」
「貴様が私の悪魔を消滅させた犯人か」
古野澪の濃紺の冷たい眼差しがケイトを貫く。
「お前が施設の皆を殺した犯人で間違いないな」
負けじとケイトも古野澪を睨んだ。
「施設……? ああ、あの生き残りか。全員殺したと思ったんだがな」
淡々と自分が殺したとのたまう古野澪に殺意が湧く。
「お前を殺す、今すぐに……!」
その言葉には古野澪は軽く笑って見せた。
「それもいいだろう。だが、それは私の話を聞いてからにしないか?」
「話? お前がどれだけ僕の同情を誘ったとしても、僕はお前に容赦なんてしないよ」
話すことなど何もない。
「いいや、そういう意図はないさ。ただ、知りたくはないか? 悪魔についてもっと。貴様がどういった経緯で悪魔の存在を知りえたのかは知らないが、恐らく私より詳しくはないだろう。私を殺すことなどいつでもできるのだろう? それならば一通り聞いてからにしないか。一家相伝の悪魔の作成術、今はもう私の他に知る人はいないぞ」
僕が知らない悪魔の秘密……。脳裏に浮かぶのは頭に巨大な角をつけた蠱惑的な悪魔だ。
彼女は一体何なのか、どうやって生まれたのか。その答えが知れるのか。
古野澪は不気味な笑みを張り付けている。
古野澪にはこの話をする意味があるのかもしれない。
それでも、知りたい。
「なんだ」
その問いに古野澪は張り付けた笑みを深くした。
「長くなる。部屋で話そう、案内しよう」
古野澪はケイトを招き入れた。
ケイトは古野澪の後に続いて長く豪奢な廊下を歩いた。春と梢の家も大きかったがこちらは錆びれている様子はない。隅々まで清掃が行き届いており、埃一つ見当たらなかった。
「さて、まずは悪魔が生まれるに至った根幹からお話ししようか」
古野澪はおもむろに口を開いた。
「今から200年前、エネルギー問題が顔を出した。その頃は石油はあと50年、石炭は130年でなくなると判明した時代だった。ヒトは今更電気を使用しない生活には戻れない。各国は新しいエネルギー資源の発見に必死の中、古野家は心霊に目をつけた」
「心霊?」
「そう、心霊現象さ。ポルターガイストとも言う。ものを動かしたり、倒したりするにはエネルギーが必要。もちろん人が生きる事にもだ。だが心霊はどうだ? 彼らは生きていない。だが物を動かす。まるで無から有を生み出しているようだろう? 古野家は心霊の生み出すエネルギーを利用できないかと考えた」
古野澪の話は雲を掴むような話でにわかには信じられなかった。第一、これがどう悪魔と繋がるのかが分からない。
ケイトは鼻で笑うように続きを促す。
「それで? その心霊が悪魔だって言うのか?」
「その通りだよ、話が早くて助かる」
古野澪は感心したように言った。
「長年の研究の末、ついに古野家は心霊のエネルギーを利用する方法を確立した。それが我々が召喚と呼んでいる儀式だ。陣を用い、周辺に散らばる魂を凝集させる。そしてその魂が確固たる意志を持ち始める前に、こちらから存在を定義する。自らの都合のいい存在にな。研究によると、ほとんどの彼らはこの時にその与えられた設定を疑うことなく受け入れるらしい。例外はあるようだがな。貴様を悪魔を持ったんだ、身に覚えがあるだろう?」
春に教えてもらった、召喚の方法にそっくりだった。だがそれ以上に気になることがある。
「ちょっと待って、『周囲に散らばる魂』って……?」
考えたくもない予想にケイトの声は震える。
「それは、人を殺して手に入れるもの、なの?」
「またしてもその通りだ、察しが良いな」
「それじゃあ、皆を襲ったのは……」
「ああ、悪魔にするための材料を集めるためだ。人数は多い方が良い。その方がより強力な力を持つ」
「…………悪魔を作って、何に使っているの?」
声に再び殺意が宿る。この男のしたことは許せない。でも、それが世界のためであったなら、少しだけ、仕方のないことだったんじゃないか。
「無論、古野家の更なる栄転のためだ」
悪びれもなく、むしろ誇りさえ感じさせるように高らかに、古野澪は言ってのけた。
「自分たちが幸せになるためなら、他の人を犠牲にしてもいいと思っているんだ」
「当然だろう?」
最低だ。こんな最低なやつを僕は今まで見たことがない。死ぬべきだ。こいつを殺したら悪魔を作ってやろう。それで何か誰かのためになることを願うんだ。それが一番世のためになるだろう。
「後学のためにいいことを教えてやろう。人間が感じる幸福は相対的なものだ。世界中の全ての人々は幸せにはなれない。例えば、橋の下で生活しているホームレスはその生活苦に日々嘆いているだろう。では、縄文時代の人々はどうか? どんなに集団の中で地位が高かろうと、ホームレスよりも過酷な生活を送っていたことは想像に難くない。だがホームレスよりも幸福を感じていたことは確かだろう。生活の過酷さと幸福さが相関関係にあるのなら、人類は発展する前に心が折れて皆自殺しているだろうからな。つまり人間は周囲の人間よりも自分が快適な生活を送っていないと、幸福を感じられない生き物だということだ」
「それがなんだって言うんだ」
「私が私自身と一族のために他を犠牲にすることは一人の人間として正しいことだ。貴様が自らの幸福のために他者を殺すことは間違っている、と言いたそうな顔をしていたからつい、な」
「お前は、人の心がないのか……!」
「あるからこそさ」
古野澪は笑っていた。純朴そうな青年の凶悪な笑みだった。
僕は悪魔という言葉が一番、この男を言い表していると思った。
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