第14話
ガタゴトと、鉄の車輪が鉄の線路を滑る音がする。電車には、朝早いにも関わらず、出勤や通学の人がまばらに座っていた。
「今日は一体どうしたの?」
とても抽象的な聞き方だ。これではケイトが西江に気を使っているようだった。
希望をもたらしておいて今朝それを簡単につぶして見せた西江を、ケイトは分からなくなっていた。
「心配になったんだよ。復讐を終えた後お前はどっか行っちまうんじゃないかってね。だからどうしてもついて行って連れ帰らないとって思ったんだよ」
「どっか行くって、そんなことないよ」
「本当か? 信じていいんだな?」
その言葉に頷けなかった。
「そういえばどうして実行委員なんてなったの? 西江がやりたがりそうな役職でも、向いてそうな役職でもないと思うんだけど」
ケイトの突然の質問に西江は、あー、と考えてから答える。
「ケイトが実行委員になったから?」
「は?」
まるで意味が分からない。
「なんつうか……つながる理由が欲しかったんだよ」
「僕と?」
「そうそう」
……ますます訳が分からない。
「えーと、確か……」
そう言って西江は考え込む。随分と昔のことを思い出しているようだった。
「ケイトはいつも学校で本ばっか読んでるだろ? 友達がいねーんじゃねぇかなって」
「余計なお世話だよ! 今分かった、西江は実行委員じゃなくて学級委員になるべきだったんだ」
「来年は考えとくよ」
そんなやり取りの後、お互いの視線が合う。二人とも自然と笑いが込み上げていた。
とりとめもない話をしている間に、電車はあっさりと目的地に着いた。
連れ立って電車を降りる。この駅で降りる人は少なく、ホームは閑散としていた。駅自体もこじんまりとして小さく、そもそもの利用者が少ないことが容易に窺い知れた。
西江と住宅街を進む。ここら辺の家は総じて戸建てで大きい。庭のある一昔前の住宅が主だ。
「ちなみにどこへ向かってるんだよ」
場所も聞かずついて行くことが不安になったのか、西江が聞く。
「古野邸。あの悪魔を仕掛けた犯人は古野澪というらしい」
「おい古野澪ってあの……?」
西江の顔が驚きで満ちる。
それもそのはずだ、古野市民なら知らぬはずがない。
「そう、現職の古野市長、彼で間違いない」
「マジかよ……信じられねぇ」
「僕も信じたくなかったよ。マスコミの取材でも、裏がある人には見えなかった」
古野澪とは最近市長選を勝ち抜き、市長となった弱冠25歳の男だ。その若さゆえに、他の市長よりも話題になっている印象がある。
また、古野家は代々市長を輩出してきた旧家でもある。古野澪はそんな家の一粒種の息子であったので、市長となるのも当然のことだったのかもしれない。
しばらく歩くと、広大な和風庭園が見えてくる。表札には古野の文字。ここに春と梢が、そしてケイトの日常を奪った殺人犯がいるのだ。
逸る呼吸を落ち着ける。
ずっとこの日を待ち望んでいた。僕は今日のために生きていたと言っても過言ではない。僕の全てを奪ったやつに、復讐をするために。僕と同じ苦しみを、悲しみを、空虚さを味わわせてやるんだ。
深呼吸を一つ。早朝の涼しく新鮮な空気が肺に流れ込む。
さあ、行こう。
門構えをくぐるケイトを西江は止めた。
「なあ、俺ん家に泊まった昨日はどうだった?」
「? 楽しかったけど」
「それなら、もう、『何もない』なんて思ってないよな? 『復讐だけが全て』なんて、言わないよな?」
西江の声は震えていた。まるで泣くことを我慢しているようだった。
「昨日が楽しかったんなら、これからもそうしよう。放課後は三人で集まろう。俺とケイトと悪魔さんで」
ケイトの目にも自然と涙が溜まっていた。
この先だなんて考えていなかった。西江を守っていたのは、ただ大切な
ここが僕の人生の終着点だと思っていた。でも通過点だとしたら。これからを望んでいいとしたら。
「絶対に帰って来いよ」
西江の言葉に遂に涙は零れた。
「帰りたい……! 絶対に帰って来るよ! 梢と春を連れて」
どうしてこんな簡単な一言が言えなかったんだろう。
ああ、早く帰りたい。梢と春を連れ帰ったら、まずは悪魔に紹介しよう。それで本人の前で梢を悪魔呼ばわりしたことを謝らせよう。
でも二人とも面白くていいやつだから、きっとすぐに仲良くなるだろう。西江は三人で集まろうといったけど、これからは五人で!
学園祭だって今年は駄目でも来年があるじゃないか。僕は何を焦っていたんだ。
施設の皆が死んでしまったことは変わらない。僕にとってかけがえのない人たちだってことも。あの時は本当に皆だけが僕の全てだったかもしれない。だけど、今はそうじゃない。大切なものができたから。
この復讐を経て切り替えていこう。皆を弔って、僕は西江と、悪魔と、梢と、春と、僕の大切な人と生きて行くんだ。
「ありがとう、西江がいてくれてよかった」
僕の、最高の友人だ。
「そう思ってんなら、『西江』呼びやめてくれよ。俺は西江ハイト、ハイトって呼んでくれ! ケイト!」
「ハイト! じゃあ行ってくるよ」
「気を付けろよー」
ハイトが手を振って見送る。優しい笑顔だった。
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