第12話

「悪魔には痛覚があるか?」

「なんじゃ、その妾を人とも思わぬ発言は! あるに決まっておるわ」

「人じゃないでしょ……まぁ良いや」

 ケイトは息を吸うと鉄鎧の悪魔に優しい微笑みを向けた。

「✞拘束しろ、百通りの解剖台スプリーム・クリシフィクション✞」

 その言葉通りに床から伸びた拘束台が、鉄鎧の悪魔の四肢を拘束した。その頃にはその拘束台の周囲にドリルやペンチなど、物々しい器具が用意されていた。

「質問は昨日と変わらない、梢の居場所は? お前の契約者はどこにいる。僕は、お前が答えてくれるまで拷問をやめない」

 その中からケイトはドリルを手に取ると、鉄鎧の悪魔に押し付けた。金属と肉が本来ではありえない方向に捻じれ、引きちぎられる。室内はそんな耳障りな音で満たされた。


 だが1センチの薄い壁の先では静かなものだ。

 ケイトと鉄鎧の悪魔が立方体の中に入ってしばらく経った今も、西江は壁の前でケイトを待っていた。


 変化は突然起こった。


 立方体の部屋ができた時の逆再生のように、みるみるうちに箱が解体されていく。その中心で特に変わりはないケイトと角の悪魔がいた。

 ケイトがけがを負っていないと分かると、西江はひとまず安堵した。

「ケイト! 無事でよかった! あの悪魔は?」

 そうなのだ。箱の中から現れたのはその二人のみで、鉄鎧の悪魔の姿はどこにもいなかった。

「ああ、消えたよ」

「消えた?」

 西江はケイトがこともなげに言ったその言葉が理解できなかった。

「そう。もう鉄鎧の悪魔に襲われることはないから、安心して大丈夫だよ。早く西江の家に戻ろう。明日は用事があってポスター作りを手伝えないから、今日の内にできるだけ終わらせておかないと」

「……分かった」

 何でもないように微笑むケイトを前に西江はそれ以上のことを言えなかった。


「風呂上がりの麦茶の牛乳割は最高じゃな!!」

 そう言って風呂から出たばかりの悪魔は、見た目はカフェオレの液体を飲み干した。交代で風呂に入る西江を尻目に、ケイトは悪魔に質問する。

「どうしてあの悪魔、梢の居場所を言ったら消えたんだろう」

「それは恐らく契約者がそのように仕込んでおったんじゃろうな」

「そんなことできるんだ」

「うむ、まぁ召喚時に言い含めねば効果はない」

「あの悪魔は死んだの?」

「跡形もなく、な」

 質問に答えながら菓子を漁っていた悪魔が苦情を言った。

「おい、菓子がもうないではないか!」

「そもそも他人の家で勝手にお菓子を漁らないで。西江にちゃんと謝ってよ」

「……置いてあるのが悪い」

 小声でしょげる悪魔。

 本当に馴染んでるなぁ、とケイトは思う。人のような姿をとってまだ5日ほどであるはずなのに貫禄のある、というかふてぶてしい立ち居振る舞いだ。

 しかもとても西江と相性がいいのだ。この二人が口論をしているとまるでコントみたいだ。可笑しくて、笑わない日はなかった。

 こんな日常があるなんて僕は初めて知った。皆を喪って初めて。

 ……壊れなくって良かった。


 敵の悪魔は僕が葬った。後は無力の人間一人。契約者を殺して、それで終わりだ。しかもその居場所はもう掴んでいる。

 もはや王手と言って過言では無い。

 ケイトはすっかり安心していた。西江が傷つく、死んでしまう可能性は、もうないと。この場所さえ壊れてしまうことは無いのだと。


「ところで主は何をやっておるのじゃ?」

 悪魔がケイトに不審な目を向けた。

「ああ、身体中に包帯を巻いてる」

「それは見れば分かる」

「包帯を巻いた右手だけは、何も言わなくても悪魔は力を貸してくれるよね。それは多分、包帯を巻くことが契約の時に言ってた周囲も悶える言動というのに関係してるんだと思う。だから単純に全身包帯巻きになれば、喋る時間も短縮できるし最強なんじゃないかってね」

「主はアレじゃな。アホじゃ」

 向けられる視線が不審から呆れに変わった。

 ガラガラと扉が開く。西江が風呂から出てきたようだ。

「うわっ、何で家にミイラが!? 悪魔さんが連れてきた配下とか?」

「誰が配下だ!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る