第10話

「僕の質問に正直に答えろ、答えない場合は殺す」

「梢の居場所は? お前の契約者はどこにいる」

 震える右手を左手を使って抑える。

「……それハ、契約により答えられまセン」

 そう言うや否やどろどろと鉄鎧の悪魔が熔けだす。熔けた鉄は床を滑って移動し、あっという間に見えなくなった。


 僕は唯一の情報源を逃してしまった。


 そう思うと一気に虚脱感が襲って、ケイトはその場にへたり込んでしまった。

 開放的になった教室に、夜の涼しい風が吹き込んだ。

「ケイト」

 西江の声がする。

「全部、説明してくれるんだよな」

「分かってる。帰りながら話そう」

 ケイトは浮遊している悪魔をちらりと見た。

「これ、直せたりする?」

 壁や床だけではない、教室は酷い惨状だった。

 机が倒れているだけならまだいい。戦闘の余波で捻じれていてしまったり、中には黒板に刺さっているのさえあった。

 先ほど丹精込めて作っていたポスターも同様、目も当てられない姿になっている。

 学校がこんな状態になってしまっては、学園祭どころではない。学校の授業さえ予定通り行えるか怪しい。

 休校、もしくは青空授業。そんなワードがケイトの頭を駆け巡った。

 だが、悪魔がここを原状復帰できる能力を持っているなら話は別だ。ケイトは期待を込めて悪魔を見詰めた。

「無理じゃ」

 素っ気なく、悪魔はそう言った。

「そう……じゃあ、帰ろうか」

 ケイトの望みはまたしても簡単に砕かれた。見てすぐにわかる落ち込み様で、鞄の中に雑に無事な荷物を詰め込んだ。


 片方が吹き飛び意味を成さないドアを開け廊下に出た。

 ケイトの後ろには西江と悪魔が続く。

 西江はケイトの落ち込みに敏感で何とか励まそうと目を泳がせているが、悪魔は知らぬ存ぜぬだ。我が物顔でケイトの後ろを歩く。

「なぁケイト、さっきのあれどうやったんだよ」

「実は、僕は本当にそれらしいことを言ってるだけで、全部そこの悪魔がやってくれているんだよ。僕が何か特別な力を持ってるわけじゃない」

 それを聞くと西江は大げさに驚いた。

「ええ!? このさっきから『妾』とか、『じゃ』とか言ってる癖強な子が?」

「そうじゃ! 分かったらもっと感謝せい」

「それって……その言葉づかいって素?」

 始めに聞くのそれで良かったの?

「そんなわけないでしょ。キャラ付けよ、キャラ付け」

 うわぁ初めて知った……。

 何故か少し残念な気分になってしまう。

「でもそれなら、そのままの方が良いんじゃない?」

 ケイトがそう言うと、悪魔は鼻で笑った。

「何を言うておる、妾は悪魔じゃ。召喚者の夢を壊さんようにしてやっただけよ」

「余計なお世話だよ」

「やっと元気出てきたな」

 良かったと、西江は笑った。

 そこでケイトは初めて、今日も西江が自分を気遣っていたことを知った。

「え? ああ、ありがとう。もう大丈夫だよ。それよりも悪魔について話をしよう」

「悪魔というのは――」


 事情を聴き終えた西江は、曖昧な顔をしていた。

 非現実的な話で信じられないのだろう。

「なるほどなぁ、それであの化け物……悪魔を捕まえようとしてた、ってことか」

「そういうこと。だから――」

 今日のようなことが、またいつ起きるか分からない。西江は巻き込まれないように自分からは離れていてほしい。

 そう言おうとした言葉は、西江によって阻まれた。

「今日、ウチ来ねぇ?」

「は? 何で?」

 唐突すぎてケイトの頭は真っ白になる。

「丁度両親は海外出張でいねぇし、ポスター作りは振り出しに戻った。というわけで今日は夜中まで手伝ってくれ!」

「多分、学園祭は開催されないよ。今更準備をする必要なんてないんだ」

 西江はケイトの腕をつかんで強引に引き止めた。

「そんなの当日になるまで分かんねぇだろ! 俺は当日終わらなくて一人怒られるのは絶対に嫌だぜ」

 ケイトはその言葉に半ば無意識に頷いていた。

 学校がこんな惨状でも、学園祭が催されてほしいとケイトも心のどこかで思っていたのかもしれなかった。

「よし! 決まりだな」

「お前の家はケイトの家より快適か? それならば妾は一向にかまわんぞ」

「個室、冷暖房完備でございます、悪魔さん!」

「うむ、苦しゅうない!」

「……何やってんの?」

 何を思って西江が僕を家に招待したのかは分からない。もしかしたら、僕がいるせいで今度は西江の家が襲われてしまうかもしれないのに。

 だとしても、僕は全力で西江を護ろう。僕の事情で西江が傷ついてはいけないから。


 西江の家はこじんまりとしていたが、比較的新しくてきれいだった。

 だがその晩は大変だった。夜遅くまで明かりをつけて、二人はポスターを量産した。悪魔はテレビをつけて、一人楽しんでいた。

 それでも一夜で終わるなんてことはなく、日付けが変わった辺りで見切りをつけて就寝ということになった。

 だが三分の一は終わった。あと二日、同じペースでやれば三日後の学園祭にギリギリ間に合う。

「残りのポスターの半分は僕が預かるよ。西江もサボらないでね」

「いや、別々にやってもこんなに速くは終わらないだろ。明日も明後日も泊まってけよ」

「……いいの?」

「当たり前だろ、頼んでるのはこっちなんだから」

「分かった」

 ケイトにとってこの西江と過ごした時間は、失くしてしまった施設の皆との時間と同じくらい掛け替えのないものになった。

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