第7話
夏の空はすっかり暗くなって見渡す限りの星空だ。古野市は田舎だから星がよく見える。
おおよそ人の家に尋ねるには遅すぎる時間だが、ケイトは日を改めるなど悠長なことは言えなかった。
十字路をいつも春と梢が向かう方向に曲がって、しばらく真っ直ぐ進む。春と梢とは一緒に学校の登下校をするだけで、家に行ったことはなかった。それ故、この道はケイトが初めて通る道だった。
「聞いた話だと確かここのはず……」
後ろから悪魔が首を伸ばす。
「廃墟のようじゃな」
悪魔が言った通り、その屋敷といえるほどの大きな家には人気が無かった。それだけではない。庭は大きく荒れ、いくつかの窓ガラスは割れていた。
とても人が住める状況ではなかった。
「主が家を間違えたのであろう?」
表札はかかっていなかった。
「そんなことはない、と思う……とりあえず中に入ってみよう」
ケイトは割れた窓から屋敷に侵入した。悪魔も後に続く。
「室内もひどい荒れようじゃな」
洋風な豪邸によく似合う豪華なソファーは土に薄汚れ、転倒していた。
しかし暗い。明かりがほしいところだ。
「悪魔、周囲を照らすことはできない?」
「台詞」
「……はいはい。✞闇を照らせ✞」
「微妙じゃ」
そう言いながらも、段々と周囲が明るくなっていくのだから何かやってくれているのだろう。
ただ光源が問題だ。
「何で悪魔自身が光ってんの?」
「闇を照らせと言ったのは主じゃろう」
「お前が光源になれって言ったんじゃない」
「そうか」
悪魔の輝きが消えて、代わりにケイトの指先が発光していく。光は徐々にケイトの指先から伸びて、手をすっぽりと包み腕を輝かせていく。
ん!? これはもしかして、僕が光ってる?
「妾が光るのは違うのじゃろう?」
悪魔が愉快そうに笑う。
「……もういいよ、これで」
ケイトは諦めて探索を始めた。
いくつか回った部屋は全て外観相応に汚れていた。高級そうな調度品は全て土か埃を被っている。長年ほったらかしにされていたのが見て取れる荒れ具合だ。
春と梢に関するものもない、ただの廃墟だ。本当に家を間違えたのかもしれない。
ケイトは探索を終えて玄関から帰ろうとした。
だがその前にある一室に目が留まる。玄関に近い部屋だ。この部屋だけは古臭い印象がなかった。埃もなく、つい最近まで使われていた形跡がある。室内は梢の制服や教科書などが無造作に投げてあった。
ここは梢の部屋で間違いなかった。
「しかし級友の私物を漁るのに抵抗がないんじゃなぁ」
悪魔が面白そうにケイトを眺める。手伝いはしない。
「仕方ないだろ? 手がかりがあるかもしれないんだから。また梢に会えたら謝るよ。僕は自分の願いのためなら何でもする。やっと決心がついたんだ」
手がかりを探す手を止めずに、ケイトは続ける。
「でもこんなに前向きになったのはお前のおかげだよ。ありがとう」
悪魔は満更ではない様子だ。ケイトの家探しを手伝う気は微塵も起きていないようだが。
「そうじゃろう。もっと妾を頼ってよいのだぞ?」
「……はいはい」
別にそういう意味じゃないんだけど、という言葉は飲み込んだ。
数十分に及ぶ捜索の末、ケイトが両手に抱えていたのは小さな小箱だった。
「これはなんじゃ?」
興味深々な悪魔に箱を開けて見せてやる。
そこにはどんぐりやら松ぼっくり、しかし時々宝石など高級なもの、そうでないものが何の区別もなく雑多に収められていた。その中で一番に目を引くものが、高級そうな黄金色の懐中時計だ。
「ほお、高そうな懐中時計じゃ。主はそんなに生活苦だったか」
「売らないよ、空き巣じゃないんだから」
ケイトは箱を持ったまま玄関を目指す。一番情報がありそうな春の部屋は見つからなかった。
「それ、持って帰るのか」
「うん。大切なものな気がするから。僕にとっても、梢にとっても」
でも梢が見つかったらちゃんと返すよ。そう付け加えるケイトに、
「その必要はないと思うがなぁ」
と、悪魔はケイトに聞こえない小声で返した。
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