第4話

「アクマ……ワタシ、ガ?」

「そうだ」

 ケイトはその声を肯定した。

「悪魔……そうだ! 思い出した!」

 声が明瞭になったと思えば、黒い霧が膨張して霧散した。

 霧が晴れたそこには、短く切りそろえられた黒髪の人型の異形がいた。シノワズリを感じさせる派手なドレスからは白い手足が伸び、切れ長の目にはルビーのような赤い瞳が収まっていた。そして何より目を引くのは後頭部から伸びた長いツノだ。部屋の薄暗い明かりの中で黒光りしている。

 異形の女の唇が弓なりに歪んだ。

「それで? 主は何を望むんじゃ?」

 ケイトはごくりと唾を飲み込んだ。絶対に間違えないように、説明を何度も読み返す。


 2,自分の願いを簡潔に具体的に述べましょう

「この人たちを生き返らせてほしい」

「そうか」

 ケイトの一世一代の嘆願を悪魔はこともなげに受け入れた。

 悪魔は流れるような手つきで死体の山に手をかざす。ケイトは再び彼らが息を吹き返す時を今か今かと待った。

 しかし悪魔はその手を下ろしてしまった。もちろん死体の山はただの死体の山だ。

「うーむ、妾にそのようなことはできん」

「は? どうして。何でも願いを叶えてくれるのが悪魔なんだろ?」

 ケイトは茫然とそう悪魔に尋ねる。

「妾に聞くな! 妾だってノリで手をかざせばいけると思ったんじゃ、さっきは!」

「ノリで手をかざすなーー! 期待しただろ!?」

 そこまで言ってケイトはため息を吐く。

 結局春の言う通り悪魔を呼び出すことはできても、願いを叶えることはできなかった。

 やっぱりオカルトなんてものを信じるべきではなかったのだ。そうすれば余計な期待を抱くことはなかった。

「それで」

 役立たずの悪魔が言う。

「次の主の望みは何じゃ?」

「え……?」

「妾は主の一番の願いを叶えられんかった。それならば主の二番目の願いを叶えるべきじゃろう?」

 僕の二番目の望みか……。家族を蘇らせることのできない僕は何を望めばいいんだろう。いや、それよりも、

「本当に僕の願いを叶えられるの?」

 ケイトは疑わしい目で悪魔を見る。

「叶えられるに決まっておるわ! 第一、主が”そう”言ったのであろう!?」

 憤慨した悪魔は、ケイトに二番目の願いを迫る。

「さぁ、何でも言ってみるとよい!」

「……生き返すことが叶わないなら、僕はこんなことをした奴に復讐をしたい。僕と同じ苦しみを、悲しみを、空虚さを味わわせてやりたい」

 悪魔は尖った犬歯を見せて笑った。

「その望み、叶えて見せよう! 妾が主の力となってな」


 3,悪魔の願いを聞きましょう

「さて、妾の望みだが」

 悪魔はとびきり凶悪な笑みを見せた。

「妾は悪魔じゃ、人間がもだえ苦しむ様が見たい」

 その凶悪な願いにケイトは身構える。

「妾は自分に特別な能力があると思い込んでいる人間が大好きじゃ。意味深なことを口走ってみたり、こっそりとノートに魔法の呪文を書き込んでいたりしている人間がな」

 要するに厨二病患者のことだろうか。ケイトは真剣に考える。

「だからそんな人間が思い上がって、公共の場で自分の考えた最強の必殺技とやらを大声で発してしまい、挙句その後何も起こらず、大変な羞恥を感じもだえ苦しむ様を妾は見たい!!!」

「シチュエーションが具体的過ぎる上に、願いがしょうもなさ過ぎる……」

「人間の主に分かってもらおうとは思っておらんわ」

 悪魔は拗ねたようにそっぽを向いた。

「だけど、そんな願いをどうやって叶えるんだ……」

 しょぼい願いだが地味に難易度が高い。これは何だ、厨二病患者を見つけ出せばいいのか?

 だが当の本人はさも当たり前かのようにこう言った。

「決まっておろう? 主にやってもらう」

「え? 僕はそんなことしないよ」

「だからいいんじゃろう。気の狂った狂人がそのようなことをしても羞恥など感じるわけもなし。まともな人間がやるからこそ羞恥が生まれるのじゃ」

「なっ……」

 力説する悪魔にたじろぐケイト。

 さすがは悪魔、なんて性格の悪さだ。

「ふむ、ではこうしよう。主が周囲も悶える言動、行動をする度に、妾が力を貸してやる。だがここぞという時には力を貸さん。そして大衆の前で大恥をかく主を眺め回してやろう。だが安心せい。主の望みが叶うまでは、程々にしておいてやろう」

「そんな滅茶苦茶な……」

「ではやめるか? 主一人の力では到底復讐などできんじゃろうがなぁ」

「やる」

 ケイトは結局、その悪魔の取引に飛びついた。

 復讐を成し遂げることができるならいいじゃないか。それに比べたら僕の羞恥心なんて、安いものだ。復讐のためならなんだって捨てるべきだし、使える者はなんだって使うべきだ。

「契約成立じゃ」

不気味でありながら蠱惑的な笑みを浮かべる悪魔は、そう高らかに宣言した。


 火の粉が爆ぜる音がして、ケイトは後ろを振り返る。玄関への扉の奥は炎の不規則な赤い光で眩しいほどに明るかった。

「悪魔、どうにかして僕を外に出せないか」

 自分の力では外に脱出することができないと悟ったケイトは悪魔にせがむ。

「できるぞ。だが丁度いい、やってみるといい」

「やるって何を……」

「契約時に言ったじゃろう。『主が周囲も悶える言動、行動をする度に、妾が力を貸してやる。』と。それを試しに今ここでやってみるとよい。妾が心躍る台詞を言い、この火事を鎮めて見せよ」

 心躍る台詞ってなんだ。

「ほ、炎よ消えろー(棒)」

 とりあえずケイトはそれらしいことを叫んでみた。

 悪魔はその様子にため息を吐いた。

「全くなっておらんわ。もっとそれっぽいことを言えんのか」

「言えるわけないだろ!知らないんだから。」

「…………それもそうか。では外に出たら勉強するんじゃぞ」

 悪魔がそう言った瞬間、炎を吹き上げている施設が軋み始めた。

「一体何、がっ!?」

 天井を突き破って何かが降ってきた。ケイトは咄嗟に右手で顔を守ろうとした。

 熱い!

 そう感じたのを最後にケイトは気を失った。


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