第3話

「というわけで西江の仕事を教えてくれ」

 ケイトはホームルームが終わった後すぐに梢に詰め寄られていた。

「それはいいけど、帰りながらでいい? 早く年下たちの面倒を見たいんだ」

「それはもちろん構わないけどよ……お前、面倒見良すぎじゃね?」

 苦笑いという様子で梢はケイトに苦言を呈した。

「そう?」

 ケイトはきょとんとしている。梢に言われるまで、そんなことは思ってもみなかったのだ。

「やりたいこととかないのかよ? 他人にしてやってばっかだと自分に使う時間が無くなるぜ?」

「それが僕のやりたいことだからなぁ」

「それならいいけど。……でも、やりたいことが他に見つかったらちゃんと言えよ」

 真面目な風に梢が言うので、思わずケイトは目を逸らした。

「なんで梢に言う必要があるんだよ」

「そりゃあ、俺はお前の……」

 そこまで言うと急に笑顔になって茶化し始める。

「俺はお前の、唯一無二の友達だろ?」

「僕は梢以外にも友達がいるよ。むしろ今日の件で梢とは本当に友達かどうか疑わしくなったけどね」

「悪かったって! うちの姉の悪評を広めるわけにはいかなくて、つい」

「梢がどんなに頑張ったところで本人があれじゃあ広まるのは時間の問題じゃない? きっとそうだ、そうに違いない」

「悪かったって!」

 だがこの話は春の登場によって流れた。

「ごめん、遅くなって」

「仕方ないよ。毎週水曜日は緑化委員会があるからね」


 そのまま3人は梢のために西江の実行委員会の仕事を説明しながら帰った。十字路まで進むと、焦げた臭いが梢の鼻を刺した。

「焦げ臭いな」

「言われてみれば確かに」

「見て! 煙が上がってる」

 春が指さした上空を見ると、確かに灰色の煙が立ち上っていた。

 しかもこの方向、施設の近くだ。……何も無いといいけど。

「春、梢。ちょっと心配だから先帰るね」

 そう言って走り出そうとしたケイトを梢が止める。

「待て! 俺もついて行く」

「大丈夫だよ。多分何事もないから」

「そうだよ、私たちも帰ろう?」

「でも――」

「いいから」

 最終的に春は梢の手を引いて帰路に着いた。

 春は梢の手を離さないままケイトに振り返った。

「それじゃあ、気をつけてね。ケイト君」

「うん、春と梢もね」


 ケイトは春と梢と別れて帰路を走る。

 こんなのは近所のボヤ騒ぎ、きっと施設は何ともない。そう思っているのに、騒ぐ胸を抑えられない。

 この角を曲がれば、皆がいつものように迎えてくれるはずだ。この時間だとエマたちが職員の人と一緒に洗濯物を取り込んでいるはずだ。

 エマは恥ずかしがり屋だから、きっと目を逸らしながら、小声でおかえりって、言って、くれるって……。


 肩で息をするケイトの目に飛び込んできたものは、黒煙を噴き上げところどころ赤い火が顔を出す、今朝とは様変わりした施設の様子だった。


 続々と集まってくる野次馬を押しのけてケイトは建物内に走る。制止の声も聞こえたが、ケイトの知ったことではなかった。

 涙を堪えて奥に進む。幸い玄関には火の手が及んでいなかった。

「姉さーん! ノイルー! ヘレンー! エマー!」

 名前を呼んでも誰からも反応がない。

 生きていてくれ、祈るような気持ちで適当な扉を開ける。この部屋は小さい子たち用におもちゃがたくさん置いてある部屋だった。この部屋にも燃えている箇所は見当たらない。だがそれは今朝と変わっていないということを意味するわけではない。

 床にありながら一番に目を引く異物。フローリングを鮮やかな赤に汚している大きな塊。それをケイトは見覚えがあった。

「エ、マ……?」

 エマだけじゃない。その塊はエマ一人の身体にしては大きすぎる。よく見ればエマの下に何人もの子が重なっているのが見えた。

「ノイル、ヘレン、姉さん」

 皆ここにいた。ここで、死んでいた。僕を一人残して。

 僕は何をすればいいんだろう。ただこの日常が続いてほしいと願っていた僕は、やりたいことも、やらなければならないことも見失って、ただ床に広がる鮮血を茫然と眺めていた。


 ……鮮血?

 唐突に春の言葉が蘇る。

『とにかく、鮮血が手に入ったら試してみてほしいの!』

『悪魔は召喚主の願いを叶える力があると考えられる』


 悪魔。


 召喚。


 願いを叶えられる?


 もしそれが本当なら、僕のこの願いも叶えられる……?


 慌てて鞄をひっくり返して例の紙を探す。

「あった……」

 大分しわくちゃになってしまったが、今朝と変わらずそこには印刷された魔法陣と、手書きの説明がびっしりと書き込まれていた。

 無我夢中で血液を指で掬い取り、汚れていないフローリングに書き写す。

 急がないと。火の手が回る前に、早く。

 急げば急ぐほど震える指を押さえつけながら、注意書きに従い一本ずつ丁寧に描いていく。

 ケイトの指が初めの位置をなぞると突然黒い煙が噴き出した。魔法陣を書き終え安堵していたケイトは突然の変化に思わず反って距離を取った。


 春の言っていたことは本当だった。僕の願いは叶えられるんだ!!


 逸る気持ちを抑えてこの先の手順を確認をする。

 1,まず召喚されたての悪魔は自分が何者であるかを分かっていないので説明をしましょう。(↓このまま言えばOK!)

「えーと、『お前は悪魔だ。悪魔とは自らの願いの成就と引き換えに、超常の力でもって召喚者の願いを叶える者。尚自らの力で自らの願いを叶えることはできない』」

「アクマ……ワタシ、ガ?」

 黒い霧の中から微かな声が聞こえた。






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