第2話

 春は梢とケイトと学校へ着くと別れた。春は学年が違うのだから仕方のないことだ。ケイトと梢は同じクラスである。

 一限から六限まで、眠くなる瞼を叱咤して板書を写す。太陽が西に傾く頃になると、ようやく帰りのホームルームが始まった。

「えー、解散の前に持ち物検査をしようと思う。不要物はしばらく職員室で預かることになるので注意するように」

 突然持ち物検査が始まった。この学校は校則が厳しくこのように時たま抜き打ちの持ち物検査が行われるのだ。

 だがケイトは慌てている様子はなかった。それもそのはずだ。彼は一度も不要物を持ち込んだことなどないのだから。


 学年一の優等生。


 それが周囲のケイトへの印象だった。

 宿題を忘れることもなく、無遅刻無欠席。窓際の席であっても授業中に寝顔を晒すことはない。一度も染めたこともパーマをかけたこともない真直ぐな黒髪をかきあげ、真面目にノートを取る彼はまさしく模範的な学生だった。


 隣席の西江がケイトの鞄を奪い取る。それぞれ隣の生徒がお互いの鞄の中身をチェックしあうというシステムなのだ。ケイトも西江の鞄を雑に自分の机に置いた。

 西江の鞄に不要物は……ないな。ちょっと意外だ。

 隣の西江もつまらなそうにケイトの鞄を探っている。風紀云々は置いておいて、不要物が入っていた方が盛り上がるのだろう。彼にとってありもしないと分かっているものを時間いっぱい探ることは退屈以外の何物でもなかった。

「お?」

 ふいに西江が声を上げた。

 取り出されたものは小さく折りたたまれたA4のコピー用紙。ケイトの顔が引きつる。

 西江は丁寧に紙を開いていく。折り目を伸ばした紙に描かれていたのは魔法陣である。しかもその下には詳細に召喚方法が記されているのだ。

「ケイトお前……」

 西江がニヤニヤした顔を浮かべる。

「いやこれは違うんだ。登校途中に友達からもらって……」

「分かってるよ、これは不要物じゃないもんな。先生の前に持ってたりなんてしねぇよ?」

 優しい声で西江はケイトに語る。

 良かった、これで公開処刑は免れる。

 ケイトはこの心優しい友人、いや親友と呼ぶべきかもしれない人物と出会えたこと、隣の席になってくれたことを心の底から感謝した。

 眼前の神を敬うように西江に手を合わせる。

「俺は優しいからなぁ……グループラインで拡散するだけで許してやるよ!」

 前言撤回だ。人の皮を被った悪魔め。悪魔と嘯いて春の前に突き出してやろうか。そんなことをしても2人が困惑するだけだろうけど。

 必死に紙を取り返そうと手を伸ばすが、西江はひらりと避けて、器用にも写真を撮ってクラスラインに上げてしまった。

 携帯のバイブ音がそこら中から鳴る。

 廊下側の席の梢はスマートフォンを弄ったと思ったら、ケイトに顔を向けた。目が合ったケイトはクラスメイトの誤解を解いてくれるように目で訴えた。

 梢はニヤリと笑むと、スマートフォンに視線を戻し、何事かを書き込む。

 ブーと、またバイブ音が鳴った。クラスラインの末尾に梢のメッセージが追加されていた。

『それ、登校の時に徹夜で書いたってケイトが言ってた』

 なに嘘書いてんだ!

「ボク、コズエ、ユルサナイ」

「落ち着け、落ち着け」

 西江が笑いながら慰めた。


 少々波乱はあったが、ホームルームは進行する。

「我が校の学園祭まで1週間を切った。実行委員会の者はもちろん、そうでない者も自分の役割をしっかりと果すように。現時点で自分の仕事が終わりそうにない生徒はいるか?」

 それについては一つ気になることがあった。ケイトは挙手をした。

「宇良川か、お前実行委員だろ、どうした?」

 周囲から、徹夜であんなもの書いてるから……と否定したい囁きが聞こえるがグッと堪える。

「梢の担当をまだ決めていません」

 あ、と教師から声が漏れた。

 この学校の学園祭はクラスで一つの出し物することになっている。そのためクラスで2人の実行委員の他は、必ず何かしらの仕事を割り当てられるのだが、今のところ梢に与えられた仕事はなかった。

 ケイトの記憶では、役割決めの日に梢は休んでいたのだ。それを今の今まで誰もがすっかり忘れていた。

「まだ仕事が終わってないやつ、いるか? できればいて欲しいんだが」

 教師が申し訳なさそうに生徒を募る。

「はい、先生! まだ終わっていません!」

 隣から威勢の良い声が聞こえた。

「西江か、お前実行委員だろ、どうした? いやお前はそういうやつだよなぁ」

「先生! さすがにそれは酷くありませんか」

「よし、梢の学園祭の仕事は実行委員の補佐だ。だがあいつはほとんど何もしないだろうから、とりあえず明日から西江の仕事を代行してくれ。詳しくはこの後本人にでも……宇良川にでも聞いてくれ。多分西江より詳しい」

「はい」

「先生! さすがにそれは酷――」

「うまく纏まったな。それじゃあ解散! 放課後の委員会あるやつは忘れるなよー」

 西江の言葉をさえぎって、教師は解散の指示を出し退出した。









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