第16話 大天使ネレマの『変な話』⑧

 お風呂から上がって一時間弱が経過した。

 私は、お風呂場を出てそのまま真っ直ぐに進んだ先にあるリビングの中心にある椅子にテーブルを挟んで座っている。

 私の目の前には憂梨那さん、左斜めには真帆が座って誰かが話し始めるのを待機している。

「浴衣が似合ってますね、乃瀬さん」

 憂梨那さんの声が無音だったリビングに発せられて、音という存在が返ってきた。

「そう、ですか……? そういう憂梨那さんは、すごい格好ですね……」

 私は今、白色の生地にアサガオが何輪も咲いている浴衣を着ている。

 自分では、似合っているのかはよくわからなかった。もう一つの選択肢が嫌だったから消去法で浴衣を選んだだけだった。

 ――お風呂から上がって体を拭き終わった私はその時に気がついた。着る服が無いことに。

というか今まで全く違和感もなくて気づかなかったけど、浴室に入る前から私は何も着ていなかったような気がする……。

 それをこの二人は知っていたのかな? いや、こんなこと考えたところで知っていたという答えしか出せないのは明白だったから、考えないようにしよう。

 脱衣所で戸惑っていると、真帆の身体を拭きながら私の方を見た憂梨那さんが私の戸惑いに気がついてくれて、「乃瀬さん少し待っていてください」と言って真帆の身体を拭き終わってから、何処かに行って私の着れる服を二着持ってきてくれた。

「どちらがいいですか? わたしのオススメはこっちのメイド服なんですけど、浴衣でも大丈夫ですよ。それと、メイド服のほうはワンピースとエプロンが分離してますけど、ワンピースだけを着るというのは無しですからね」

 そう笑顔で言われて私は悩む。

 右手にはアサガオが咲いてる浴衣、左手には淡い桜色のワンピースに白色のエプロン、カチューシャを持っている。憂梨那さんは暗に、メイド服を選ぶならこれも付けてね、というような顔をしていた。というかエプロンに関しては、最初に着けろと言われてしまった。

身体を拭き終わった真帆は、「お姉様のありがたい説明をちゃんと聞いて、どっちを着るか選びなさいよ」と私に言って自分はお風呂に入る前に着ていた空色のワンピースを着て出ていってしまった。

 そうして服と睨めっこしていると、憂梨那さんがメイド服や浴衣の魅力をこれでもかというように早口になりながら熱弁してくれた。

 熱量はすごく伝わってくるのに、説明が早すぎて話の内容を理解出来る前に次の魅力の話になるから、そのほとんどがわからずにただ憂梨那さんの言葉を聞いているだけになっていた。

 熱弁が終わった憂梨那さんは私に、「それでどちらにしますか?」と聞いてきたからメイド服はワンピースを着てからその上にエプロンを着けなければいけないし、着ける意味があるのかわからないカチューシャもちゃんと着けてね、と言うように見られているから、着る手順が複雑で大変そうだから、という適当な嘘をついて浴衣を選んだ。

見た目で着るのが簡単だと思ったけど、正直失敗だったと思っている。

 ――着るときの大変さで言えばきっと、メイド服より浴衣の方が大変だと思う。

 浴衣を着ると言ったらちょっとがっかりとした顔を見せた憂梨那さんから浴衣を受け取って着ようとする。

「では、わたしは真帆さんと一緒にリビングで待ってますね」

 そう言って、憂梨那さんもお風呂に入る前に着ていた黒色のワンピース――スカートには軽く波打っているような白色のフリルがあり、胸の中心には大きな赤色のリボン、そして袖にはフリルの小さなリボンがあしらわれている――を着て出て行ってしまった。

浴衣を着るのは思った以上に大変で、約三十分も浴衣と格闘することになってしまった。

 もう着付けに三十分も掛かる浴衣には懲り懲りだから、次からはメイド服を着ようと心に誓った。

「ですよね、すごいですよね! これ意外と胸のところが落ちてこないのかなって思っていましたけど、落ちないようになっているんですね」

 こんな揚々と語る憂梨那さんが着ている服――それは、胴体に纏っているそれは身体のラインをくっきりと浮き上がらせている。そしてその服は窓から入ってくる光が反射しているから憂梨那さんを見ていると少し眩しい。足には太ももまでを覆う黒色のタイツを履いていて、極め付けは頭につけたウサギの耳のカチューシャ。

――そうこれはバニーガールといわれる服だった。

なんで上がったときに着ていたワンピースを脱いでバニーガールにしたのかよくわからなかった。

憂梨那さんは、これから大事な話をすると言うのに、この場に全くと言っていいほど似つかわしく無い服で始めようとしている。私の浴衣もそうだけど。

「お姉様、それ、あたしのサイズもありますか! 一緒にお揃いで着たいです!」

 それを聞いた私は想像してみる。

 黒色のバニーガール衣装を二人で着て歩き回る姿を。

 想像したら面白かった。大きなウサギと小さなウサギが横に並んだり、小さなウサギが大きなウサギに抱きついたりしてるシーンがありありと浮かんでくる。

 笑っちゃいそうになる。まるで親子のウサギみたいだなぁ、なんて思った。

「それなら今度、めいさんに頼んで真帆さんサイズのバニーガール衣装を作って貰いましょうか」

「はい! あの方手先だけは器用だから、こういう時には役に立ちますね」

「こら、真帆さんそんなことを言ってはダメですよ」

「あの、めいさんってどんな人なんですか?」

 私は二人の間でまた出てきためいという人物が気になった。

「めいさんは、手先がとても器用で天使の皆さんが着ている服をたくさん作ってくださっているんですよ。今、わたし達が着ている服もめいさんが作ってくださいました」

「それって今私が着ているこの浴衣もですか?」

「そうですよ」

「確か、生きているときは服屋をやっていたらしいよ」

「ふくや?」

 私がいた村では服屋なんて無かったけどどういうことなんだろう。

「服屋っていうのは、あたし達が今着ているのを売ったりしてるとこ。それにしても乃瀬は色々と知らなすぎな感じするけど、本当にどこの時代から来たの?」

「…………時代?」

 真帆は何を言ってるの? 時代? それってなに? 服屋? なにそれ。よくわからない。

「時代……という言葉もわかりませんか?」

「ごめんなさい、わかりません」

「そうですか。そうなると……。いや、こんなことを考えても、もう意味がありません。乃瀬さんがどこの時代にいたのかわからなくても、知里さん探しに関しては、きっと支障はありません」

 知里の名前が出てビクリとした。遂に教えてもらえる。

「そろそろ、談笑は終わりにしてわたしの知っていることをお話しします」

 その言葉に背筋が伸びる。

「お願いします」

「まず、少しお聞きします。乃瀬さんは、ここがどこだと思いますか?」

 どこ、どこと聞かれてもよくわからないって言うのが本音だ。

「空の上……ですか?」

 羽を生やして、飛べるんだからここは空の上だと思う。

「半分正解です。場所としては、空の上であっています。正確に答えるならここは、天使のみが入ることを許された聖域といったところです」

「てんし……せいいき…………」

 頭の回転が追いつかない。なに、私が天使ってこと……? そんなわけ……ないよ。だって私は人間なんだから。知里と同じ人間だよ。……でも私にも羽があって、動かすこともできて……。

「そうです。天使です」

「そんなはずがありません。私が天使……? ありえません。知里と同じ人間なんです」

「落ち着きな乃瀬。これからちゃんと説明するのに、最初から否定されると乃瀬が知りたいことも教えられなくなるよ」

 真帆の言葉を聞いて少し感情が落ち着く。

「続けていいですか?」

「はい……。ごめんなさい」

「まず、天使とは何か知っていますか?」

「羽が生えているくらいしか、わかりません」

 たぶん羽が生えていれば天使なんだよね……。普通は生えていないんだから。

「では天使の説明からします。天使とは簡単にいえば神に使える存在です」

「神……ですか」

「そうです。ここにいる限り会えることは無いようですが、天使はここで生まれると聞きます。乃瀬さんのように」

私のように……。

「乃瀬は、ベッドの上で意識が戻ったんだよね?」

「そう……だよ」

「それまでの記憶はある? あたしとお姉様が乃瀬を見つけてここに運んでいるときに少しだけ意識が戻ってお姉様と話したんだけどその記憶はある?」

「ううん。全然記憶にない……」

「なら、死んだ直後の記憶はある?」

「死んだ直後……そんなの、わからない」

なんでそんなの聞いてくるんだろう。

「だよね。あたしもそんな感じだったよ。幸いあたしの近くにはお姉様がいてくれたからパニックにならなかったけど、もしもお姉様がいなかったらきっともう一度死んでたと思う」

「そうなんだ……」

 真帆は私に何を伝えたいんだろう……?

「だから乃瀬、あんたは知里って人が居なくなっていたのに、もう一度死のうなんて思わなかったんだからすごいよ」

「そんなのすごくなんてないよ」

「そう思えるなら本当にすごいよ。歳は十何歳とかでしょ。あたしも乃瀬と同じくらいの歳でお姉様にまた会いたいって思って死んだんだよ。乃瀬も同じようなもんでしょ」

「私は違うよ。真帆とは違う。私は自分が辛いからって知里を自殺に誘おうとしたんだよ。……でも私は言い出せなくて、結局知里に『一緒に自殺しよう』って言わせちゃったんだよ。私が言うべきだったのに……」

「そう……。それなら確かにあたしとは違うね」

 真帆はそう言って黙ってしまった。

 私も同じように口をつぐむ。

「――話を戻します。ここは天使の生まれる場所であり、いずれは出ていかなければいけない場所です」

 憂梨那さんが口を開いた。

「出て行く……。それは今直ぐでも行けるんですか?」

「行けないと思います。ここから出る方法がわからないんです。ごめんなさい……」

「お姉様が謝ることでは無いです!」

「それも……そうですね。ありがとうございます、真帆さん」

 テーブルの上に置かれた憂梨那さんの手を優しく包み込むように握る真帆。

「それなら出て行かなければいけないってどういうことですか? 出口が用意されていないならここから出ることなんてできないですよね」

「それがよくわからないんです。誰かがここから出ていけば、新しい誰かが天使として生まれ、出て行った天使に関する記憶がここにいる天使の記憶から全て消えるんです……」

「それは……おかしくないですか」

 私は少し声を荒げてしまっていた。

「何がですか?」

「だって、今『誰かが出ていけば新しい誰かが天使として生まれる』って言ってましたけど、出て行った人の記憶が無くなるなら、なんで憂梨那さんはそんなこと知ってるんですか」

「乃――」

「乃瀬さん。何が言いたいんですか?」

 憂梨那さんが立ちあがろうとする真帆を右手で抑えて私に続きを促す。

「私も上手くは言えませんけど、憂梨那さんはどうして天使が消えたら新しい天使が生まれることを知っているんですか」

 そこが疑問だった。

 憂梨那さんの話では、いなくなった天使の記憶は無くなるんだから、さっき言っていた言葉は辻褄が合わない。

天使が消えると、ここにいる天使の記憶からも、その天使がいたことという事実が消えて、覚えてる人がいなくなるはずなのに、なんで憂梨那さんはまるで覚えているような口振りなの。

「……それは、最近知ったんです。ちょうど乃瀬さんが現れた日から正体不明の違和感が付き纏うようになって、その正体を確かめるために色々なことろを巡って、ここに唯一ある図書館に足を運びました。そこで『天使送り出し日記帳』というものを見つけたんです。そして恐る恐る日記帳の中を開くと、わたしが感じていた違和感を全て払拭する内容がしるされていました」

 そう言うと憂梨那さんは立ち上がり、後ろにある棚の扉を開けて、私に何百ページもありそうなボロボロの一冊のノートを差し出した。

そのノートには『天使送り出し日記帳』と書かれていた。

「読んでみてください」

 受け取った私は、ページを開いてそこに書かれた文字を追う。

【十一月六日。

「今日の送り出す天使を一人選びなさい」とサミダ様に言われてしまった。

ここで暮らしている天使はみんな幸せそうなのに、それを僕は神見習いだからという理由で壊さなければいけない。

神の命令は絶対だ。逆らえば何をされるかわからない。僕が消されるだけなら何一つとして問題はない。

けれど僕が消されれば、サミダ様は、僕に代わる神見習いをここに送ることだろう。

僕はそれが許せない。天使から神見習いになる者は、心優しき人。そんな人達がここに住んでいる天使を見て思うことは、きっと僕と同じで、壊したくないって思うはずだ。

その気持ちを持ってしまうと、遅かれ早かれ、サミダ様の命令で苦しくなる。どうしようもなくなる。

選べなければ何をされるかわからない恐怖と、自分の感情に板挟みにされて自分の存在意義を見失う者も出てくる。

まさに僕もその状態に陥っている。苦しい。僕はもう神見習いをやめて消えたい。

けど、それを僕の心は許してくれない。他の神見習いが僕と同じ気持ちを経験するのはダメだから。

だから僕は、今日も天使をサミダ様の元へ送り出すしかなかった。

リラ。許してなんて口が裂けても言えないけど、どうかここでだけは謝らせて。ごめんなさい。

残された天使はリラがいなくなったことに気づき始めた頃だろう。

窓からは天使が飛び回ってる姿が確認できる。普段では考えられない数の天使が飛び回っている。

中には、涙を流しながら必死に探している天使も確認できる。

ごめんなさい。僕のせいで、リラはもうここには……。

せめて残った天使から、リラの記憶を消し去って悲しみを無くしてあげよう。それが僕にできる最大の謝罪だから】

 なにこれ。

 最後の方は涙で滲んでいながらも、なんとか読むことができた。

ページを捲る。

【十一月二十七日。

またきてしまった。朝が怖い。

「今日は二人選びなさい」と頭の中に直接語りかけられた。

そんなに天使が必要なのはどうしてなんだ。

悪態をつきたくなった。

僕はここにいる天使が好きなのに奪わないでくれ。

そう思ってもサミダ様には言えない。僕は所詮、神見習い。なんの力もないクソ野郎だから言われた通りにするしかない。

ごめん。ダイチ、ミーア。二人選ばなければいけないなら、せめて二人が離れ離れにならないように】

「どういうこと……ですか、これ」

「書いてある通り、ここには神見習いが神によって送り込まれているようです」

「でも、憂梨那さんはさっき、ここは天使しか入れない聖域って言ってましたよね」

「言いました」

「ならなんで、神見習いがいるんですか」

「わかりません。けれど、こうは思いませんか? 神見習いとは何だろうと」

「どういうことですか? ――そういえば天使が神見習いになるって書いてありましたけど、もしかして……、ここに入れる理由もそれが関係してるんですか⁉︎」

「絶対そう、と断言はできませんが可能性は高いと思います」

「なら、神がここに神見習いを送り込む理由は、書いてある通りここにいる天使を神の元へ送り出すためですよね。神はここに入ってくることができないから。…………かわいそう」

 口を突いて出たその言葉は、一瞬だけど憂梨那さんの顔に歪みを生んだ気がした。

「そうだと思うけど、神は天使を送り込ませて何をしてるんだろうね」

 今まで黙って話を聞いていた真帆が突然会話に参加した。

「確かに……何をしてるんだろう。まだ少ししか見てないけど、何が目的で天使が必要なのか神見習いですらわかってなかった」

 ノートをパラパラと捲り適当なページを開く。

【九月八日。

私の前にいた神見習いのナイリ様が数日前に本当の神になって、私がここに来た。

勘弁してほしい。なんで私が神見習いなんかしなきゃいけないの。

神見習いなんてやりたくない。神なんかになって何が嬉しいのか理解できない。

ここにいる天使をサミダ様たちの元に送り出すためには神見習いの誰かが、中に入って送り出すしか方法がないらしい。それなら天使を作り出すな。

そんなことを考えながら歩いていると、大きい図書館を見つけた。

私は吸い込まれるように中に入っていた。そこでこの日記帳が隠されるように仕舞ってあるのを見つけた。

これナイリ様が残した日記だよね。見てもいいのかな? と思いながらも手が勝手に日記帳を広げていた。

そこに書かれていたことは共感しかなかった。

天使のことを見ていると、ここから送り出したくないって思ってしまうのに命令のせいで、誰がいなくなるのかを選ばなければいけない。

この日記帳はそんな私の感じた苦しみを書き記してくれていた。

この気持ちになっているのは私だけじゃないって思えると、心が軽くなった。

だからこれから私も今後ここに来る神見習いが私やナイリ様と同じ気持ちになっても、みんな同じなんだって思えるようにこの日記帳を書き続けていこう。

私も今からでも、昨日送り出した天使の記憶を、みんなから消すのは遅いかな?】

 適当に開いたページは、綺麗な文字で書かれていた。私、と書いていることからも女性らしい。

 そして、最初に読んだページの神見習いは、ナイリという名前らしい。神になったらしいけど、どうしてなったんだろう。

 ナイリさんはなぜ神になることにしたのか、書いてないかと思ってページを一枚戻した。

【八月三十日。

僕が――】

 手が止まった。文字の筆圧が強い。何かこの言葉に強い意思が込められているように感じる。だけど、続く言葉が滲んでいて読めない。涙のあと……なのかな?

「なんか書いてあった?」

「書いてあるんだけど、文字が滲んでいてなんて書いてあるのか読めない」

「どれですか?」

 憂梨那さんと真帆が立ち上がって、私の横まで歩いてきた。

「これです」

 ノートを二人が見やすいようにずらす。

「『僕が――』しか読めませんね。この後に続く言葉はなんでしょうか」

 うーん。と唸りながら続く言葉を考えているようだ。

「『僕が死ぬ』の可能性はないですか、お姉様。ここに書いてある、『僕が――』の後に滲んでる文字は、多くても三文字くらいですし、他にあたしは思いつきません」

「『僕が死ぬ』ですか? 確かに無くはなさそうですけど……」

 『僕が――』の後に三文字ほどで終わる言葉……。なにか無いかな、と考える。

「思いつかない……」

 ――そういえば、私は知里のことが知りたいのに話が別方向に行っちゃってる。これちゃんと、知里の手がかり教えてもらえるよね?

 でも、もしかしたらこの話は知里の手がかりに繋がる可能性もある。

 だって神見習いを見つけ出せたら、ここから出してもうこともできるかもしれない。

ここに知里がいないなら私は、ここで暮らしていくなんて絶対にごめんだから……。

「やっぱり乃瀬もそうでしょ!」

「えっ……あー、うん。そうだね」

 何の話してたっけ……?

 えーっと、確か……あ、そうそう。日記帳に書いてあった『僕が――』の続く言葉だった気がする。

 日記帳に目を落とす。黒く滲んでいるところは三文字で、一文字目は画数が多いからおそらく漢字、残りの二文字はひらがなに見える。そうなると、二文字の『死ぬ』は違う気もする。

 頭の中に思い浮かんだのは何個かある。だけど、どれも文章だけで優しそうって思ったナイリさんのイメージと合わない。

「もしかしたら当てはまる言葉を見つけたかもしれません」

 瞑っていた目をカッと開けた憂梨那さんが突然声を上げた。

「どんな言葉ですか! お姉様!」

 真帆は憂梨那さんの言葉を聞いて目をキラキラとさせた。

 私は黙って憂梨那さんが教えてくれるのを待つ。

「『僕が変える』ではないでしょうか」

 『僕が変える』――確かに、変えるだったら日記帳の文字にも当てはまる。

 でも変えるってなにを……?

「何を変えるんでしょうか?」

 憂梨那さんに聞いていた。

「ごめんなさい。そこまでは答えが出ませんでした」

「あっ、いえ。憂梨那さんの謝ることではないですよ。私はその言葉すら思いつかなかったので」

「慌ててる顔、可愛いですよ。ね、真帆さん」

「はい! お姉様が可愛いっていうものは全て可愛いです!」

 憂梨那さんは、真帆の当然! みたいにドヤ顔する真帆を見て顔が綻んだ。

「――さて、日記帳の話だけをしていても先に進めないので、各自でなにか思いついたら教えあうということにして、知里さんのことや、この世界のことをお教えしますね」

 憂梨那さんはそう言いながら、真帆と一緒に座っていた椅子に戻っていく。

 また背筋が伸びた。

「お願いします」

「まずこの世界はさっきもお伝えした通り、神見習いによって天使が神の元へ送り出されると、まるで数合わせでもするかのように天使が生まれる世界です。でもわたしは誰でも天使になれるわけでは無いと考えています」

「なぜ……そう考えているんですか?」

「天使は神に仕える存在と認識しているからです。そんなこれから仕えさせる天使を無造作に作ることは、愚かで無い限りしないはずです」

「愚か……」

 それを聞いて、神は完璧なのかな。なんて考えた。

 普通に考えて、完璧な存在なんているはずがない。それが例え、神と呼ばれる凄い人だとしても全てを完璧にこなせるなんて到底思えない。

 まず、世界に男と女という二つの性別を作ってる時点でわかりきっている。

 私が神だったなら、性別なんてものは作らない。顔も個性もましてや心なんてものは絶対に作らない。

 でも、人間に色々と与えたその愚かな神には感謝している。

 私に知里と出逢わせてくれてありがとう、とお礼を言いたいくらいには。

「乃瀬どうかした?」

「……ううん。大丈夫」

 真帆が小声で話しかけてくるほど、変な顔でもしてたのかな、私。

「――と思っています。それで……次は知里さんのこと……なんですけど――始めに言っておきます。ごめんなさい、知里さんのことに関しては全然心当たりがないということろが正直なところです。

もし、わたしの言葉に希望を見出していたとしたらどれだけ謝っても許せないと思われると思います。

ですが、わたしも乃瀬さんと一緒に協力して、知里さんを探したいと思っています」

 そう言う憂梨那さんの顔を見ると、思い詰めたような顔をしていた。もしかして過去になにか……。

「必ず見つけると約束します。だから、どうか乃瀬さんも約束してください。知里さんを探すときは必ずわたしか真帆さんを誘ってください。今すぐにでも、知里さんと再会したい乃瀬さんの気持ちも理解できます。けど、切迫詰まって探したって見つかるものはほとんどありません。本当に見つけたいものなら、ゆっくり一つ一つ探していくことが早く見つける一番の近道です」

「わかりました。約束します。その代わり知里が見つかるまでは、付き合ってもえるんですよね」

 この話が終わったあと、私は一人で探しにいくつもりだった。それを知ってなのか、釘を刺されてしまったけど、知里を一緒に探してくれると言ってくれた。

その言葉は今の私には、嬉しかった。心細かった私に手を差し伸べてくれたのは、これが二人目だった。

 知里。必ず再会できるから、待っていてね。

「約束します。と、言うことで指切りでもしませんか」

 そう言うと場の空気を入れ替えるように、立ち上がった憂梨那さんが小指を立てた手を私の前まで持ってきて、私も手を同じようにして、と視線で促された。

 これがどういう意味なのかわからないまま、お互いの小指を絡める。

「ゆ〜びきりげんまん嘘ついたら…………だ〜めよっ、ゆびきった♪」

「これ……どういう意味なんですか?」

 指を離してから、ニコニコしている憂梨那さんに聞いてみた。

「約束をするときの儀式的なものですよ!」

 キラン! と目が光ったように見えた。

「そ、そうなんですか……」

 そんなドヤって言われるとなんて返すのが正解かわからなくて困惑してしまう。

「真帆さん、寝るならベッドで寝てください」

 いつの間にか真帆は、机に身体を預けて眠ってしまっていた。

「…………」

 す〜す〜、という寝息が微かに聞こえる。

「このまま眠り続けるつもりなら、くすぐっちゃいますよ」

 憂梨那さんが真帆の耳元で、囁くように言うけど真帆には届いていない。

「本当にいいんですか〜?」

 脇に手を入れてまた囁く。

「……どうぞ、あたしの身体を蹂躙してください」

 なにか真帆から聞こえた気がしたような……?

「では、遠慮なくいかせてもらいます」

真帆の脇に入れていた手が動き出す。

「まずはレベル一です」

 真帆は全く動かない。

「レベル二です」

 真帆の脇に入っている手の動きが少しだけど、わかるレベル。

 やっぱり真帆は動か――。

「うっ……」

 いや、少し動いた。

「次はレベル三です。今日はどこまで耐えられるのか見ものですね」

 憂梨那さんの手がレベル二のときと変わって、ここから見てても動きが完全にわかるレベル。

「ぐふっ……」

 真帆が机に突っ伏しながら噴き出した。

 それを好機とみた憂梨那さんが畳み掛けるように、くすぐりのレベルを上げた。

「いつもよりは耐えてるようですけど、これで終わりです!」

 そう言った憂梨那さんは、両手を真帆の着ているワンピースの袖から中に入れた瞬間、激しい動きをみせる。

「あはははははっ、お、お姉様! ちょっ、ちょっとタイムくださいっ! あ、あははははははっ」

 顔を上げて訴えている。

「あれ〜? なんか真帆さんの声が聞こえた気がしましたけど、わたしの気のせいかなぁ?」

 憂梨那さんは、真帆の言葉を聞こえなかったふりをしてくすぐり続けた。

「お、お姉様。あ、あたしの負けだから、も、もう勘弁……」

 真帆はそう言うと、バタンと、頭を机にぶつけて倒れた。

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