第12話 大天使ネレマの『変な話』④
「だ、だからわたしも
まだ理解できてないと思われたのか、もう一度同じことを言われる。
今度の知里は、もじもじとしていた。月明かりだけでは、顔色まではよく見えないけどなんとなく赤かったように見えた。
「い、言わない方がいい」
私は咄嗟に知里の口元を抑えて、顔を扉の開いてる後ろに動かして、近くに誰かいないか確認する。
そんなことをしていると、知里の口元を抑えてる私の手が、知里の口角が上がった感覚を感じ取る。
「乃瀬ちゃんの手、あったかいね」
口角を上げた知里が、私に口を抑えられながら、くぐもった声でそんなことを言ってくる。
知里の顔は、最初は冷たかったけど、抑えてる手に吐息が当たって、次第に温かくなっていった。こんな冷える夜に、なぜこんなところにいるのか、疑問だった。
私は、扉から見える範囲に誰もいないことを確認して、扉の方を向いていた顔を知里のいる小屋の中に戻して、口元から手を離す。
「乃瀬ちゃん……?」
顔を戻すと、何も言わない私を心配してなのか、頭を少しでも前に動かしたらキスをできてしまうほどの至近距離に知里の顔があって、眼がぱっちりと合った。
ドクンッ、と痛いくらい強く心臓が鼓動を打った感覚が、胸のあたりからくる。
「……かわいい」
眼がぱっちりと合ったまま、私は無意識で思ったことを言っていたらしい。
「えっ……えへへ」
照れて後ろに下がった知里は人差し指で、ほっぺをかいた。
知里の顔は、月明かりすらも当たらない真っ暗な小屋の中だというのに、はっきりとわかるほど赤くなっていた。
「乃瀬ちゃん、大好きっ!」
そう言うと知里は、また私の傍まで近づいてきて、勢いよく抱きついてきて、私のほっぺに、自分のほっぺをくっつけてきた。
そんなことをされると、今まで我慢してきたものが、一斉に溢れてきてしまう。知里を守るためには絶対に言わない方がいい言葉が、言っちゃだめな言葉が溢れてきてしまう。止めようとしても、もう止められなかった。
「……私も知里ちゃんのことが大好きだよ! 大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きで大好きだよ!」
私は目から涙を溢れさせながら、知里の背中に腕を回してギュッと力を入れて抱きつき、嗚咽の混じった声で何度も『大好き』を伝える。
知里を好きって自覚したあの日から、ずっと言いたかったけど、言えなかった大好きを今、この瞬間に全て伝える勢いで何回も口に出した。
「うん……うん、ありがとう……乃……瀬ちゃん……」
そう言った直後、知里の体から、力が抜けて、私によりかかってきた。
「…………? どうしたの知里ちゃん?」
お互いのほっぺをくっつけたまま涙声で、突然体の力が抜けた知里に声をかける。
「…………」
しかし、呼び声に反応がない知里を前に、私の心は恐怖で埋め尽くされる。
「知里、知里! 大丈夫? しっかりして――」
できれば離したくない、ほっぺを離して、知里の顔を見て呼びかける。
そして、三回くらい呼びかけると、私の呼びかけに答えるように、目を閉じたままの知里の口が動く。
「……乃瀬ちゃん…………いつまでも……一緒だよぉ」
弱々しい声で、そう言うと知里は、すぅすぅ、と寝息を立て始めた。
知里の声と寝息を聞いて、よかった、という気持ちだけが、心の底から湧き上がってくる。
立ったまま寝てしまった知里を、小屋の奥までなんとか連れて行って、私の膝の上に頭を乗せて寝かせてあげる。
「ありがとう知里ちゃん、ごめんね。これからはどんなことがあっても、絶対に離れないよ、だから知里ちゃんも私から離れないでね」
私の膝の上で寝ている知里の顔を上から見下ろしながら、目までかかっている前髪を弄りながら、一人呟いた。
そして、私はここでよくやく知里の顔をまじまじと見る。
目尻には、涙が少しだけあって、その下には深いクマができていた。
そこで思い出す。知里の『毎日待っていた』という言葉を。
私が半年前に逃げてしまった時から、毎日ここでずっと待っていたのだとしたらと思うと心が苦しくなる。
あの時、私は知里にだけは見られたくなくて逃げ出してしまった。あの時、勇気を出して小屋の中に入って知里と会っていたら、知里はこんなにクマが深くなるまで、ここにいることはなかったかもしれない。
そう考えると、自己嫌悪とも言える感情が何処からともなく湧き上がってくる。
「乃瀬ちゃんは……悪くないよ……」
私の膝の上で、すぅすぅ、と寝息を立てて寝ている知里が、まるで私の心を読み取ったかのように、寝言でそう言ってくれる。
「そう……なのかな?」
寝ている知里には聞こえるはずもないのに、そんなことを聞いてしまう。
「でも、ありがとう、知里ちゃん」
そう言って、私は今は考えることをやめて、知里と一緒に寝ることにした。小屋の中は隙間風で寒かったけど、知里となら寒さなんて、大丈夫だと思った。
そうして私は、知里を膝の上に乗せたまま眠りについた。
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