第10話 大天使ネレマの『変な話』②
「……さん……は、こ……方が……きるま……子を見て……てあげ……れる?」
「い……ですっ! お姉様……緒に居れ……いなら、……の方の様子……んて、見て……あり……せん!」
誰かの声がぶつ切りになって聞こえてくる。
意識はあるのに、目が開けられない。体の自由が効かない。声も出せない、ただ耳だけが聞こえている。今、私が置かれてる状況はそんな感じで、真っ暗で何も見えない世界に二人の女性の声のみがある、というだけだった。
そういえば、知里は大丈夫なのかな? 近くにいるよね?
私はこんな状況でも、やっぱり知里のことが心配になる。
「な……、ご褒美……あったらどうかしら?」
少しずつ、声がはっきりと聞こえるようになってきた。
「お姉様からのご褒美ですか! そ、それってどんなご褒美なんですか?」
少し幼さのある声で無邪気に、そして嬉しそうに尋ねている少女? に、
「う〜ん、そうね〜。一緒にお風呂に入る、なんていうのはどうかしら」
お姉様と呼ばれていた、女性が、その呼ばれ方に恥じない声で、そう提案する。
「いいんですか!」
その声は、喜びに満ちていた。
「ええ、いいわよ。ただし、しっかりとわたしが帰ってくるまで、面倒を見てあげて頂戴ね」
「はいっ、お姉様、お気をつけて、いってらっしゃいませ」
「ありがとうございます、行ってきますね」
そう聞こえると、次の瞬間には扉の開いた音がして、多分、お姉様と呼ばれていた女性が、出て行った。
そして、今ここにいるのは、恐らく私と少女? だけになった。
「さて、貴女起きているでしょ」
!?
その声は、さっきのような幼さなど一切なく、全くの別人に感じた。
ただ声質自体は同じで、ここに別の人がいるようには感じない。それがますます、私を混乱させる。
どういうこと? 私が意識あるって気づいていたの?
やはりまだ、声が出せず、心の中で考えるだけになる。
「いつまで狸寝入りしてるつもりなの」
そんなこと言われても、体が動かせないんだもん。
そんな、私の言葉など少女の耳に届くはずもなく、次第に少女が苛立っていくのが分かる。
「貴女いつまで、そうしてるつもりなの、お姉様にお礼もしないで、ずっと寝て」
どういうこと……お礼? 私、助けられたの?
「知里はっ!」
声が出た。掠れた声だった。
私と一緒に知里も助けられたのっ?
続けて出そうとした言葉は、私の口から出ていけなかった。
「ほら、やっぱり起きてた」
めんどくさい、と言いたげな口調で言われた。
私は体のどこかが動かせないかと思い、色々と試すと、目が開けられることに気がついた。
パッと目を勢いよく、一気に開ける。すると、さっきまで真っ暗で何も無かったところに、白い光がとてつもない勢いで入ってきて、目が眩む。
仰向けで横になってる状態で目を開けたり閉めたりを繰り返して、次第に慣れてきた目を使って、見れる範囲を見回す。
まず、目に入ったのは白い壁だった。その壁の横には、また壁があった、だけど見た目が違う、その壁は透明だった。そして、その透明な壁の向こうには綺麗な青空が映し出されていた。
「ここは、どこなの?」
疑問に思ったことをそのまま口にしていた。今回も掠れた声だった。
「さっきから、あたしのこと、無視してぇー――」
少女は、かなり苛立ち始めていて、地面をドンドンと音を立てて力強く踏み始めた。
そんなつもりはなかったけど、声が上手く出せず、結果、無視してしまったのは確かなので素直に謝ろうと思い、起き上がるために、体が動くか、試してみる。
体にギュッと、力を入れる。
あっ、動いた! まずは左手が動いた。そして、右手、左足、右足、と少し重たい感じがするけど、動かせるようになった。
「ごめんね、無視したつもりは、なくって……」
私はベッドの上で上体を起こし、少女の方を向いて謝る。
少女の見た目は、身長がベッドで上体を起こした私の胸辺りまでしかなくて、白髪の毛が、肩の少し下まで伸びていて、着ているものが、空のような綺麗な青色をしていた。だけど、その着ているものは、私の住んでた村では、全く見たことがないものだった。
「……その着てるのは……なに?」
私は、少女の反応もないままに、質問してしまった。
「えっ! 貴女ワンピースも知らないの!?」
少女は、驚きを隠せないと、言うように私に近づいて、乱暴に私の肩に手を置いた。
わんぴーす? って初めて聞く言葉だった。
「えっ、あ、うん。ごめんね、知らなくて」
私は咄嗟に謝ってしまった。
「貴女、いったいどこの時代から来たのよ」
「? 崖から知里と、一緒に落ちて死んだはずなんだけど……ってそうだ、知里、知里はどこにいるの!」
そうだ、知里を探さないと。そう思い私は、寝かされていた場所から立ち上がった。
すると、少女は私の聞いたことに答える。
「知里? っていう人はしらないわ、お姉様とあたしが貴女を見つけた時、そこには貴女しかいなかったわよ」
嘘だ。絶対そんなわけない! だって一緒に崖から落ちて死んだはずなのに。
「ちゃんと探したの!? 私と同じ黒髪で腰くらいまでの長さの、女の子だよ。絶対に一緒にいたはずなんだよっ!」
動揺してるせいか、語気が強くなってしまった気がする。
「だから、貴女しかいなかったのよ。少なくともお姉様とあたしが貴女を見つけた時にはね」
そう言い終わった、少女は近くにあった椅子に、腰掛けると黙り込む。
私も、さっきまで寝かされていた場所に、崩れるように座り込んだ。
そして、少女と私の間に沈黙が降りた。
そんな……じゃあ、私より早く起きた知里が、私を置いてどこか行っちゃったの? ううん、そんなわけない。知里に限ってそんなわけない!
断言できる。
なら、知里がいない理由は……。そう考えると、思考が詰まる。なんとか、無理やりに思考を捻り出そうと頑張る。
もしかしたら、私より先に目覚めて、近くを見てた回ってた可能性も……。
いつも、私の後ろに隠れていた、知里が見ず知らずの場所で、私を起こさないで一人で行動する訳がない。
すぐに否定的な考えが浮かんでしまう。
それに、結局、さっきと同じような考えになってしまう。
…………? 見ず知らずの場所?
そういえば、私たちが死んだのは、崖の下だった。なのに、ここはなに? なんで崖の下じゃないの? ううん、考えるのはそこじゃない。いま考えるべきことは――
「ここって……どこなの?」
なんの音もない空間に、私の声が響いた。
「お姉様とあたしの愛の巣窟っ!」
聞いて一秒もしないで、そう答えられた。
「そんなこと聞いてない」
つい、冷たく言ってしまった。
「あ、貴女が聞いてきたんでしょっ!」
そう言って少女は、椅子から立ち上がって、怒ってしまった。
「い、今のは、悪気はなかったの。つい、知りたいことと、無関係なことを言われて、冷たく言っちゃったていうか」
思ったことを、そのまま言ってしまった。それが、少女がさらに怒る燃料になることに気づかずに。
「貴女ねえ! 自分から聞いてきといて、求めていた答えが来なければ、冷たく言い返せって誰かに教えられたの」
「そんなこと、誰も……誰一人、教えてくれる人なんていなかったよ」
そう、私と知里は、村では、ほとんどいない者として扱われてきた。自分の親ですら、私たちのことをほかの村の人と同じように扱ってきた。
原因は最初から分かっていた。同性同士で好きになったから。
思い出したくないな、村での、あんな記憶……。
「なんか、ごめんなさい」
悪いのは私なのに、謝らせてしまった。
「こっちこそ、ごめんね」
だから私も謝る。
そういえば私、目の前のこの子の名前知らないなぁ、とふと思った。
だから私は立ち上がり、少女の座ってる椅子の向かい側にある、椅子に座りに行く。
「私、乃瀬。よろしくね」
向かい側の椅子に座って前のテーブルに手を置いて、自己紹介をした。
「
私が自己紹介をすると、真帆もしてくれた。
「うん、よろしくね、真帆」
そうしてお互いの名前を教え終わると、扉の開く音がして、真帆と一緒にいた、女性が入ってきた。
「真帆さん、帰りましたよ〜」
「あっ! お姉様! お帰りなさいませ!」
私は、二人きりの時と、全く違うテンションになった真帆に少し驚いてしまった。
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