第5話 わたしの少女に対する少しの本心

わたしの記憶の中の人間が『少女を殺せ』と言って消えてから一時間が経過した。

 わたしはまだベッドの上にいて一時間いろいろなことを考えていた。


 なぜわたしはこんな気持ちになっているのか、人間が言っていたわたしがあの少女のことを特別に思っている、とわたしの知らない感情を言っていたこと、など考えて考えて答えを探していた。

 でも見つからない。答えが出ない。出せない。


 わたしはあの少女のことなんて特別に思ってなんかいない。

 天使のわたしが人間に恋はしない。できない。しちゃいけない。


 でも……じゃあ一目見た時感じたあの気持ちは? あれはなんなの?


 自問自答する。わたしに都合のいい答えを見つけるために。


 少し考えてからいい答えを見つけた気がする。

 薔薇が綺麗だったからその中心に立っている少女を見て綺麗だと思っただけ。


 多分そう。いや多分じゃない。絶対そうだ。

 わたしは自分に言い聞かせる。


 ならなんで最後少女に見られた時に何十年も感じなかった絶望の気持ちが溢れたの?

 薔薇の世界が消えちゃうから? そんなわけないよね。そんなことであんな絶望の顔になることはないよね。


 …………。

 答えが出せない。


 頭ではわかる。嘘でもいいから適当に自分を納得させる方がいいことは。

 でもその嘘が思いつかない。


 その代わりわたしの頭の中ではわたしにとって一番都合の悪い答えがずっと頭の中でぐるぐると回って早く認めろと強く主張してくる。


 いや、でもそんなわけない! わたしはそんなこと思わない。そんなこと……思わない?


 頭の中でぐるぐる回ってるものを必死に否定する……けど

「わたしはまだ名前も何も知らないあの少女を殺すのが嫌だ」

 気づいたら勝手に口からそんな言葉が飛び出していた。


 わたしはなにを言っているの? という気持ちが溢れるのと同時にもう一つの気持ちがあった。


 そっか……口に出すと嫌でも自覚させられてしまう。

 きっと今無意識で口から飛び出た言葉はわたしの本心で否定しようがない事実なんだ。


じゃあなぜ殺すのが嫌だと思っているの?

次はそんな疑問が現れる。


「わからない。わからないけど……死んでほしくない」

 そう呟いていた。これも無意識だった。


 死んでほしくないなんて感情悪魔のわたしが抱いていいのもじゃない。

 わたしはいつも非常な心で自分の感情に左右されることなく人間の魂を壊す。


 それを今まで貫いてきた。例外なく人間の魂を壊してきた。

 だけど例外が出てきてしまった。

 たった一つの例外。決して許されない例外。


 そう考えて一つわかった気がした。

 そうかわたしの記憶の中にいる人間はこの例外が許せなかったのか。

 思い返すとちゃんと言っている。

『お前にとって俺たちは躊躇なく殺せるけどあいつは特別だから殺せません。とでも言うつもりか』と。


 きっと同じ人間なのにわたしが少女のことを特別に思って殺さないということが許せないんだ。


 それにきっとわたしの記憶の中にいる人間は魂を壊されてからずっとわたしの中にいて見ていたんだと思う。だからわたしが感情を殺して人間の魂を壊してるところも見てたはず。


そして昨日の夢の世界も見ていた。きっと夢の世界がなくなる直前少女に見られた瞬間のわたしの絶望の顔も。いつもは絶対にしない顔を。そしてそれを見ていた人間は勘づいたんだと思う。わたしが少女を殺したくないって思ってることを。だから話しかけてきた。わたしがちゃんと少女の魂を壊すように。壊さない、殺さないという選択をさせないために。そう考えるのが自然だと思った。今まで記憶の中にいたなら今日みたいにいつでも話しかけられたはず。それなのに今日まで一度も話しかけてこなかった。もしかしたらそれはわたしが誰に対しても特別な感情とかを抱かないで淡々と魂を壊していたからなのかもしれないなんて思ってしまう。そして昨日の夢でわたしが少女を殺さない可能性があると思って話しかけたと考えると辻褄が合う気がする。


ならわたしは少女のことをどう思ってるのか考える。殺したくない、死んでほしくないということ以外で。はっきりさせないといけないから。

上っ面だけの嘘はつかない。ここからは本心で。


 あの赤い薔薇が咲き誇る夢の世界の中心に淡い黄色のドレスを着て肩まで伸びてる長い黒髪をヴィオリンを弾きながらなびかせていた少女を見つけた時わたしは一目惚れをしていたと思う。


 けどそれは好きとかそういう恋愛の感情ではないと思う。ううん、わからない。自分の感情がわからない。


でも仮にこの気持ちが恋だとしても天国では恋愛は禁止とされている。

だからこの感情が恋だとしても認めることができない。


でも起きてからずっと思っていることがある。


もう一度少女に会って演奏を聞きたいそしてこの気持ちがなんなのか確かめたい。


だけどそれはできない。だって次また少女の夢に入れるかもわからない。

もしかしたら他の天使が夢の世界を全部奪って少女のことを殺すかもしれない。


 そうなったらわたしは自分のこの感情を確かめられない。


 ならどうすればいい?

 そんなの簡単だ。また少女の夢の世界に入れるように祈る。それしかない。


 でもそれじゃあ会える可能性はほぼないと言える。

 だってこの天国には人間が数十万人といる。


 その中でたった一人の少女の夢に入るなんて普通に考えて無理。


 なら普通じゃない方法を探さないといけない。

 五分くらい考える…………けど思いつかない。


 唯一思いついたのは今まで以上の速さで夢の世界を奪う。という普通すぎることだけだった。


 でもそれ以外の方法がわからない。今まで人間から夢の世界を奪って人間の魂を壊すということをなにも考えずにしてきたせいで他の方法が考えつかない。


 それに夢の世界に入ったら人間が夢から目覚めるまで天使は夢の世界から出られないから一日一人の人間の夢にしか入れない。そう考えるとやっぱり絶望的に無理だと思う。

それに今まで以上に速く夢の世界を奪うということは結果的に人間の断末魔を今まで以上に多く聞くことになる。あの永遠に残る声を。


 その覚悟がわたしにはあるの?

昨日までのわたしなら即答でイエスと言えたと思う。

 だけど今のわたしはできるの? 少女に会うために他の人間を犠牲にできる? わたしが今まで殺した人間の言葉を聞いた今、それができる?

 自分自身に聞いてみるけど答えはやっぱり出せない。


 なら一旦そこは後回しにしてもう一つの疑問を考える。


 もし少女に会えたらどうするの? という疑問。


 少女に会ってわたしが恋なんかしてないと証明したい。

 ただそれだけしか考えていなかった。


 仮にそれがわかったら次はどうする? 見られたからには魂を壊す? ちゃんと壊せるの?


 これも昨日までのわたしなら即答で壊せると言えたはずなのに今は言えない。

 わたしはどうしたんだろう? って思う。


なんで一目見ただけの少女にここまで今までのわたしが狂わされているのかわからない。


 だからわたしは少女にまた会ってこれがなんなのか知りたい。

 わたしをこんな風に思うように変えてしまったあの少女に会えばわかる気がする。


 という根拠もなにもないけどわたしの中には謎の確信があった。

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